
求、ユキフラシ
雪が降らない季節なんて冬じゃない
あの子はそう強く言ってテーブルに拳を叩きつけた。
ちょっと、物にあたるの止めてよね
ガラステーブルだからね、壊れると危ないよね
それもあるけど、どちらかというと指紋がつく方が気になるわ
ああ、そっち
ちょっと!
二人ともあたしの話聞いてた?
僕と彼女が同じ声のトーンで聞いてた聞いてたと言葉を放つ。
明らかに心ここにあらずというか、興味のないことが丸わかりの返事だった。
当たり前だがこの返事のせいで、あの子の怒りが声の大きさと共に上がっていく。
ね、だからさ!
今年のこの状況って、冬っていえないと思うの!
雪がないこの街の景色なんて冬じゃない!
雪合戦とかスキーとか
かまくら作ったりとかも出来ない冬なんて冬じゃないーーーーっ!
僕と彼女はまたしても同じタイミング、同じ声のトーンではいはいと相槌を打つ。
あの子の怒りもまた上がる。
そろそろあの子の話を聞くのも飽きたな、と僕が思った頃に彼女が口を開く。
というかさ、あんた今雪がないと出来ないことをあげてたけど
それ全部やったことないわよね
やっていたとしても一体何十年前のことなのかしら?
雪がなくても冬は冬
ぎゃーぎゃー喚くの止めてもらえる?
なっ、わ、わめいてなんかないもん……!
僕は携帯をポチポチといじりながら二人の話に耳を傾ける。
そもそもあんた雪なんてない方がいいって去年は言ってたわよ
確かに、と僕は心の中で相槌を打つ。
あんたの心境はこの一年でそこまで変化したってわけ?
そ、そうよ……!
やっぱり冬は雪がないと、景色もあがらないじゃん?
なんだその理論は……と呆れてしまうが、そのよくわからない考え方があの子らしい。
ていうかさー、アメフラシがあるならユキフラシだってあってもよくない?
……アメフラシは雨を降らすものじゃないぞ
え!
そうなの!
説明するのも面倒だなと思って彼女に視線を一度だけ合わせて、後は頼んだと伝える。
伝わったと思う。
でも彼女も面倒だと感じたのか、アメフラシについてあの子に説明はしなかった。
ねー、アメフラシってじゃあなんなのさ!
ねー、ねー、ねーっ!
言葉と共にまとわりついてくるあの子をかわしながら彼女の方へ逃げる。
彼女は関わりたくないのだろう。
そっと椅子から立ち上がって自分の部屋へと帰ろうとしている。
こういう時の彼女の逃げ足というか、逃げ時の判断というか、そういうものの直感の高さには惚れ惚れする。
良い意味でも、悪い意味でも。
ちょ、これと二人っきりにする気か?
これってなによ、これって!
あら、良いじゃない、お似合いよ?
似合ってない!
似合いたくなーい!
息もピッタリね
おい、からかうなよ
この後、彼女は僕とあの子に捕まって部屋に帰ることはなかった。
そしてその日の深夜に大量の雪が降り、あの子の望み通り雪のある冬になった。
ただその数日後にあの子の口から雪なんていらない、という言葉が漏れ出たのは僕も彼女も一生忘れないだろう。