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【白影荘の住人】マックホルツ-3/3

雨の音がまだ止まない。

あの日、三人の話しを聞いてから僕は眠れない日々を送っている。

それでも大学には行くし、お腹が空いたら自炊か近くのお店で食べている。

ただ、大学に行っても休講になったのか、誰ひとりとして教室にはいなかった。

心なしか構内にも人が少なすぎる気もしたが、かまわず僕は大学内を練り歩いたし図書室に入り浸っている。

帰る時は慎重に、あの三人と顔を合わせないように時間を見計らっていた。

おかげで何日も僕はあの三人と、というか殆ど誰とも会っていなかった。

なぜこんなことになったのか、なんて僕は知らない。

僕は普通の、ごく普通の人間だから。

あの三人はきっと、僕を困らせようとしてあんな意味の分からないことを言ったに違いない。

僕はそう信じている。



夕方過ぎにひっそりと帰宅すると、急激な眠気がおそってきた。

僕は抗うことができなく、そのまま万年床へと倒れこむ。

窓に雨が当たる音が聞こえたのを最後に、僕は意識を手放して夢の世界へ落ちていく。




気がつくと僕は、キラキラしている粒に囲まれて暗闇を泳いでいた。

水の中、というわけではないようだけれど、どこか生ぬるい感覚がある。

キラキラしている粒は僕にまとわりついて離れない。

無理に振り払おうという気はないけれど、ちょっと嫌な感じがした。

この粒を纏っていてはいけないような、そんな感じだ。

「それにしても、ここはいったいどこなんだろう」


遠くから声が聞こえる。

この声は誰だったかな、なんて考えていると声が新しくふたつ重なった。

その声にも聞き覚えがあった。

「女の人と男の人二人、この声は……」

突如、顔に冷たい水がかけられた僕は、やっと目を覚ました。





「よかった……起きたみたいね」

「とりあえずミナト、これで顔拭いて」

「とはいえゆっくりお話ししている暇はないんだけどねぇ」

煙夫人、クロガネさん、シューの三人が僕の部屋に上がり込んでいたようである。

「時間がないから、服が濡れてるままで悪いけどこのまま移動するわよ」

「それは、どういう」

「ミナト、本当にもう時間がないんだよ。だから歩きながら説明するよ」

「さて、間に合うといいんだけどねぇ」

僕はシューに体を貸してもらい、やっと歩ける状態だ。

そして追いついていない頭でどこかに連れて行かれている。

道中、シューと煙夫人が交互に話している間、クロガネさんと僕は黙ってそれを聞いていた。


まとめるとこうだ。

僕は十八年前に地球に落っこちてきた星で、僕の母はその日宇宙に帰ろうとした際に落下している僕を発見して地球に戻った。

連れて帰ろうにも僕の小さな体では地球の重力から逃れることが出来ず、母も連れて帰れるだけの力を持ってはいなかった。

だから母は白影荘に慌てて戻り、オーナーと煙夫人、シューにどうすればいいのか相談した。

どのような話し合いが行われたのか詳しく二人は延べなかったが、僕が重力から解放されるまでの間、人間に紛れて地球で暮らすようにしたらしい。

ちなみに話によると、父は地球に長いこと滞在している宇宙人だったようだ。

僕が四歳の頃の記憶だと思ったものは、どうやら二歳の時の記憶だったようで、あれから十八年経ってようやく僕も地球の重力から解放されたということらしい。

母と一緒に宇宙に帰る予定だったが、母の体が地球の環境に耐えることが出来なくなり先に帰ったとのことだ。


僕はまだぼんやりしている頭でそれを聞いていたけれど、やっぱりそんなことは信じられないままだった。

だって僕は人間として生きてきたし、きっとこれから先だって同じのはずだ。

仮に、もし仮に僕が星だとしても、どうやって地上から宇宙に帰るというのだ。

「ついたわね」

先を歩いていた煙夫人とクロガネさんが立ち止まる。

着いた場所は、ゆーまさんが去っていった、あの雑木林だった。

「ミナト、君の母星に帰るんだ。今日は絶好の機会だよ」

「流星群の日だからねぇ。流れた星に反応して勝手に宇宙に帰ることが出来るはずさね」

「でもそれって、ただの推測でしょ?ホウキさんは初めて飛ぶのよ」

「危険でも推測でも、やってみるしかないんだよアカネ。だってそうじゃないとミナトは、ここで消滅してしまうんだから」

なんだかサラリと不穏な言葉が飛びでた気がする。

僕は棒立ちのまま三人の話を黙って聞くだけしかできずにいたが、立っているのも段々と辛くなってしまい、その場にしゃがみこんでしまった。

クロガネさんが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。

その金色の瞳からは、いつもの不機嫌な様子が見て取れない。

僕は自分のてのひらに視線を移す。

そこには淡く光っている両手、というより僕の見えている部分の自分の体は淡く光っていた。

「そうか……本当に、僕って人間じゃないんだね」

「お前さんは帰らなきゃならん。その状態じゃ、この星には留まれないさね」

「でも僕、帰り方なんて知らないです」

「ミナト、大丈夫。飛べばいいんだよ。そしたら母星が引っ張り上げてくれるさ」

力なくシューに顔を向けると、いつもの人懐っこい笑みがあった。

続いて煙夫人を見ると。いつの間にか煙の出ている煙管を銜えている。

「ホウキさん、ジャンプすればそれで帰れるわ。だからほら……立って」

クロガネさんが僕の右腕を掴んで引き上げる。

僕が立ち上がったのを確認すると三人は僕から距離をとった。


重たい体を振り絞って、何とか小さくジャンプする。

一瞬ふわりと空中に静止する感覚におそわれた。

なんだか心臓の動きが早くなり、僕はもう一度、今度は力いっぱいジャンプする。

「うわっ」

僕の体は空中に浮き、結構な速さでそのまま一直線にどこかへ飛んで行く。

下を向いてももう、あの三人の姿が見えないところまで来ているし、どんどん地上から離れてしまいあっという間に宇宙に出てしまった。



そのまま長いこと宇宙を飛んでいるけれど、僕はどこへ行こうとしているのか自分でもさっぱりわからない。

煙夫人の言っていたことを信じるなら、母星に向かっているはずだけれど。

それにしても、生身で宇宙にいるというのに死んでいないという事実が、僕が本当に人間ではないという証明になってしまって少し胸が痛んだ。

目の前がかすかに滲んだ時、大きなエメラルド色に発光している星に出逢った。

そこには、母とゆーまさん。

そして在所さんの姿があって、三人は一様に僕に向かって手を振っていた。



【マックホルツ 終】

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