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或る保護者の手記
ネオテニーという特異な存在が世界に増えてきている。
彼等は体が成熟しない人間である。
年を重ねても体が成熟することはなく男女ともに生殖機能不全であり、どのような治療をもってしても子供を授かることがない。
彼等の見た目は殆んどが十三歳から十七歳で止まっており、学校を卒業し働くため社会に出ても彼等がネオテニーであることは雇う側には直ぐにわかってしまう。
企業としてはネオテニーという世界に突如として出現した存在に関わりたくないという本音があり、ネオテニーが定職に就くことはなかなかに難しいことであった。
だが、そんなネオテニーの特性に注目した職種が彼等を囲うことによって、彼等は真っ当ではないにしろ職に就くことが出来ている。
そんな職に就くせいなのか、そうではないのか因果関係はまだ不明だが、彼等の寿命の平均は三十二歳だった。
彼等は長く生きることが出来ない、というわけではない。
構造上は体が成熟しない以外、他の人間となんの変りもないのだから寿命だって我々とそう違わないはずなのだ。
彼等の平均寿命が低いことには訳がある。
彼等は自分がネオテニーだと判明した時、世間で言われているあのネオテニーが自分なのだと知り、絶望して自死を選ぶのだ。
自分には全く関係のないネオテニーという憐れむべき存在が、ある日突然それはお前だと現実が突き付けられる。
普通に学校に行きクラスメイトと勉学に励んで笑いあっていた日々が、ネオテニーという烙印によって一気に様変わりしてしまう。
学校では周囲から陰口を、勉学に励んでもまともな職にネオテニーは就けないし、家に帰ると家族からも冷たい視線を向けられ、ヒステリックに罵倒を浴びせられるかすすり泣く姿を見せつけられる。
ネオテニーには居場所がない。
今の世の中では、彼等は真っ当に生きていくことが出来ない。
どんなに努力しても彼等は搾取される側で、搾取する側には回れない。
我々は彼等の為に何ができるかを考えねばならないというのに、足を引っ張る者達のせいで一向にその話が進まない。
そもそもネオテニーが現れ始めたのは、例の現象が起きて約十五年経ってからだ。
十五年前子供だった者が大人になって、その者から産まれた子供がネオテニーになっている。
このことに大人達は薄々勘づいているのに、そのデータを集めたりはしない。
世界政府から止められているからだ。
だからメディアでも報道はしないし、ネオテニーにもその親にも伝えられることはないだろう。
それでもその内にネオテニーは、きっと気が付くだろう。
どうして自分たちのような存在が生まれてしまったのか。
今、我々が保護しているネオテニーの彼がきっと気が付くに違いない。
彼は見た目こそ八歳で止まっているが実際は十六歳で、その辺にいる高校生や我々よりも賢い。
彼はいずれ十五年前に起きたことと、ネオテニーが出現し始めたことをくっつけて考え出すに違いない。
その頃にも彼は八歳の子供の姿だ。
彼はその容姿を逆手にとって世界に情報をバラまくだろう。
何の害もない無垢な子供を装って、彼は我々に必ず復讐をするだろう。