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マテリアルの秘密


金色の目をした三毛猫が通りを横切って小道に流れて行った。

それをぼけっと眺めていただけなのに、気がつけば予定の時刻を過ぎてしまっている。

おかしいなと思いつつ、急いで予定の場所へ向かう。


私が予定の場所に到着した時には、既に門の扉は締まっており中に入ることが出来ない状態になっていた。

今の私にはこの高くそびえたつ門を超えて中に入る混むことなど出来はしない。

うわぁ……せっかく体験のチャンスが巡って来たのに、運悪すぎ

がっくりと肩をおとす。

マテリアル製作の秘密もわかるはずだったのになぁ

世界に必要不可欠なモノを制作している学校と工場が一緒になっている館の招待状が手に入ったから、うきうきで向かったのに時間に遅れて入れなかったとか笑えない。

じいじになんて言えばいいかな……

この招待状はじいじに無理を言って譲ってもらったものなのに、遅刻して体験できませんでした、なんてことは言えない。

絶対に。

じいじは、村でマテリアル製作を古くから担っている人物だ。

だからこそもらえたこの招待状が、こんな形で無駄になってしまうなんて思ってもいないだろう。

孫の私がマテリアル製作の道に進もうと決意した時から応援してくれていたというのに、こんなことでは家に帰れない。

呆然と立ち尽くしながら閉まっている門を見上げても、それが開くことはない。

門を見上げていると首が痛くなってしまったので、地面に頭ごと視線を落とす。

視線をふらつかせていると、門と地面の境目に妙な光を見つけた。

目を凝らしつつ、その光に近づく。

これ、マテリアルだ……

そっとその光の部分に触れる。

地中にもマテリアルを入れてる感じなのかなこれ……

だとすると共鳴するマテリアルを使ってるはずだから

その部分を見つけて解除しちゃえば門が開く?

我ながらいいアイデアだ、とにやにやしていると後ろから猫の鳴き声が聞こえた。

振り返ると草むらから金色の目をした三毛猫が出てくるところだった。

あっ!

この三毛猫っ!

反射的に三毛猫に飛び掛かって捕獲する。

がっしりと両手で掴まえて顔の位置まで持ちあげ、悪態をつく。

あんたのせいで門が閉まっちゃったじゃない!

どうしてくれるのよっ!

せっかくマテリアル製作の体験とかマテリアル調合の秘密とか

大量生産の方法とか、いろいろわかるはずだったのにぃ!

ぐわんぐわん猫を揺さぶると、猫はなぜかごろごろと喉を鳴らす。

威嚇?

それ威嚇なの?

私なにも悪くないしっ!



……いやあ、遅刻したのを猫のせいにするのは悪いと思うなあ



今度は誰も居ないはずの後ろ、つまり門の方から声が聞こえて振り返る。

声に驚いて三毛猫を離してしまったが、上手く着地してその声の主の方に三毛猫はさっと寄っていた。

だ、誰ですか……

この猫の飼い主だよ

君が遅刻したのはこの子のせいじゃない

僕が君の時間をいじったからさ

その人物は猫に見とれている間にね、と付け足したのでやっぱり三毛猫のせいでもあるじゃないかと思った。

それよりも時間をいじったとは、どういうことだろう。

恐らく何かのマテリアルだと思うが、他人の時間をいじるなんて危険なものは存在していないはずだ。

そんなマテリアルは制作できっこない。

君、今時間を操るマテリアルなんて存在しないって思っただろう?

……や、別に

実はね、世界には一部の人にしか知られていない特別なマテリアルがあるんだ

僕はそのマテリアルの制作をしているんだけど

なかなかどうも……いい素材が見つからなくってね

この子に素材探しの手伝いをしてもらっていたら

ちょうど君がこの子に見とれているのを見つけてね

あの、何が言いたいんですか?

なんだかよくないことに巻き込まれる予感がして、後ろに後ずさる。

この人物から離れないといけないと、脳が体に伝えている気がする。


君はそもそもマテリアルの起源を知っているかい?

まあ、諸説あるけれど神に捧げる輝く存在が起源とされている

マテリアルが使用時に小さく光るのはその名残とも言われているね

でもそのマテリアルの光っていうのはね……

普通の人間には目視出来ないんだよ


カーンと頭の中で鐘の音がした。

逃げろ。

脳から信号が送られたけれど、どうしてか体は動かない。


それからね

君は今、強い夢を持っているだろう?

そうじゃなければこの子に見とれたりはしないんだ


大きな手が近づいてくる。

私は動けない。


今、僕が作ろうとしているマテリアルにはね

そういう強い夢を抱いている人間が必要なんだ


大丈夫


痛みはないから


怖がる必要だってない


君は……正しくは君の魂は


特別なマテリアルになるんだから


私の首に手が食い込んだとき、空間が歪んでその人物と三毛猫ごとどこか違う場所に飛ばされた。


その人物は穏やかに笑っている。


きっと私の他にも同じように何人も、この笑みを最後に見たのだろう。


そして目の前が暗くなって何も見えないし体の感覚がなくなった。



暗闇の中で最後に一度だけ猫の鳴き声を聞いた気がした。







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