350ミリ缶
便利な世の中になったよねぇ
君はそう言って350ミリ缶を呷った。
しかし中身は既に空だったようで、軽く左右に振ってからぐしゃりとそれを握り潰す。
冷蔵庫まで歩いて新しい缶を引っ張り出し、カコンと気持ちの良い音を出して口に運ぶ。
喉が三回動いた。
僕は黙って君の言葉を待つ。
もうさー、あれだよね、二十四時間年中無休、すごいよ、ほんとに
飲み物も、食べ物も日用品だって揃えてる、こんな店があるなんて数十年前は考えられなかったよねぇ
まー、そのおかげであんたもわたしも無事に大人になれたんだけどさ
お金さえ置いておいてもらえれば、お店に行ってご飯を購入できる。
母は料理を作って置いておく必要はなくなり、大いに時間の節約になっただろう。
お店が存在していなければ、きっと僕たちみたいな子供は遅かれ早かれ飢え死にしていたんだろうなと思う。
母は料理を作るのが好きじゃなかったから、お店があってもなくても作らなくなっていっただろう。
時間の問題だった、ということだ。
僕はまさか同じような境遇の人がいるなんてこと考えてもみなかったので、大学で君に会った時は驚いた。
っと……
僕も飲もうとして缶を手に取ったが、それも中身はほぼないのと同じようなものだった。
ふらりとよろけながら立ち上がり、僕も冷蔵庫の中から350ミリ缶を取り出す。
そしてまたよろけつつ、先程までいた場所に戻る。
小腹も空いたのでテーブルの上にある三角形のおにぎりに手を伸ばす。
ペリペリペリ……
あんたさぁー、その味好きだよねぇ
ん、多分、子供の時から食べてる味だからかなぁ
あぁ……ある意味で母の味ってことね
ま、母ではないけどね
もぐもぐと口を動かして、良い感じになったら胃に落とし込む。
そして、先程まで冷蔵庫で冷えていた350ミリ缶を呷る。
……なんかさ、おにぎりとお酒って組み合わせ的にどうなの?
ふー……、甘い炭酸飲料とラーメン、チャーハン食べてる君に言われてもね
なあに、喧嘩売ってますぅ?
まさか
コンビニエンス育ちの身からしたらどっちも普通ってことさ
二人で短く笑う。
時計の針は一時二十八分を指していた。
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