空飛ぶサイを知る
なんか、クロサイが空輸されてるらしい
研究所の一室で、先輩が健康飲料の紙パックを片手に話しかけてきた。
何故クロサイなのかと思いつつ、僕は差し出された紙パックを受け取る。
逆さ吊りか横向きがオーソドックスなんだって
逆さ吊り?
そう、聞くだけだと可哀想だなって思ったんだけどさ、調べてみると横向き輸送より逆さ吊り輸送の方がストレスとかないらしいよ
そんなばかな
笑ってるけど、本当なんだって
小休憩時の先輩の小話にはいつも笑わせてもらっているが、今日はなんだか嫌な予感がした。
僕は椅子に座っていたけれど、ほんの少し腰を浮かせて周りを確認する。
大丈夫、例の人物の姿はない。
先輩は自分の分の紙パックにストローを挿して、中身を吸い上げながら僕の挙動を不思議そうに見守っていた。
僕は安堵して椅子に腰を完全に下ろす。
逆さ吊りのサイってさ、その輸送方法を人間でやると足ちぎれそうだよね
なに怖いことをさらっと言ってるんですか
あ、でもあれか
僕の言葉は聞こえなかったようで、先輩はそのまま話し続ける。
サイは四本足だから、それと同じにするなら、人の場合は手足で吊るし上げるわけか
……仰向けかうつ伏せかでストレス度合い変わりそうだなぁ
いや、そういう問題じゃないでしょ
やや呆れ気味に言い、僕も紙パックにストローを挿した。
あまり得意ではない味が口の中に広がる。
……な、でもさ
中世とかだと意外と罪人の輸送とかそんな感じだったんじゃない
吊るし上げってことですか
まさか、と二人でわざとらしくははっと笑う。
そんなくだらない話をしていたせいか、僕と先輩はあの人物がこの部屋にやって来たことに気が付くことが出来なかった。
ガシッと肩に腕を回されて、というか首を絞められる勢いで後ろから僕と先輩は捕獲された。
君たち、実に面白そうな話をしているじゃない
いいわ、この私が検証してあげましょう!
それは謹んで遠慮させていただきます!
必要なものは……縄と鉄棒でもあれば問題ないでしょうし
実験に付き合うならこいつだけで十分でしょう、俺は他の仕事つまってるんで
先輩、それはないでしょう!
先輩は僕を生贄として差し出して逃げる気だったが、次の一言でそれは無理だということを知った。
なに馬鹿なこと言ってるの
仰向けかうつ伏せかでストレス度合いが変わるんじゃないかって言ったのは、君でしょう
私だって暇じゃあなんだから、一度に検証するためには二人必要よ
さ、時間も惜しいしさっさと移動するわよ~
既に捕まっている僕達には、逃げるという選択肢はなかった。
嫌がる僕達を気にも止めず鼻歌交じりで彼女は実験場へと向かう。
実験場に着くまでに、周りの職員達からは一様に憐みの目を向けられる。
この研究所ではよくある光景だった。
僕と先輩は彼女の実験場へ連れ込まれて、クロサイの輸送と同じになるようにそれぞれ縛られて放置された。
しかし来客で中座した彼女は僕達を縛り上げていたことを忘れてしまい、丸一日後に別の職員に発見されることになる。
職員曰くその時の僕達は、これから丸焼きにされる動物のような目をしていたらしい。
丸焼きにされる動物なんて見たことあるのかと問いたかったけれど、それくらい僕達は憔悴していたようだ。
両手足を縛られて宙吊り状態だったのだから、仕方のないことだろう。
僕と先輩は一ヵ月程、縛られていた箇所の痛みが抜けなかった。
そして吊るし上げ実験が最後まで出来なかった例の彼女は、所長に頼み込み国軍のヘリで人を吊るして輸送実験をすることになる。
僕と先輩は何故かそれに実験体としてではなく彼女のお目付け役として同行することになるのだが、それはまた別の話である。