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星が降る
あぁ、寒い。
どうしてこんなに寒いところに人間は住もうと、というより住めると思ったのだろう?
私はこの土地を居住地に選んだ親、先祖、もっと通り越して旧人類が憎い。
春なんて一ヶ月で過ぎるし、夏は暑いし、秋は長いわりにパッとしないし、冬は毎日のように雪が降っているし、いいところなんて何もない。
でも、人は割と多い。
もちろん、本州の首都に比べれば全然少ないけど。
それでも、多い。
街の中心はいつも、ごみごみしてるし、学生時代通った校舎も人がいっぱいいて嫌だった。
かといって人が少なければいいのかといわれると、それもちょっと違う。
少なかったら少なかったで、日常の便利さがなくなってしまう。
なんだかんだ夜遅くまでコンビニやスーパー、飲食店、娯楽施設が開いているのは、人が多いが故なのだから。
ありがたや、人間万歳。
……とはいえ、やはり寒い。
バイト帰りで夜の十時をとうに過ぎているから、気温が低いのは仕方がないことだけどでも寒い、まじ寒い。
そんな阿保らしいことを考えながら帰宅しているけど、私はあることにうすうす気が付いていた。
この気配、これは降ってくる、絶対に降る、間違いない。
そう思って歩きながらちらりと空を確認すると、やっぱりというか、ぼた雪っぽい雪が降ってくるところだった。
またか、と多少うんざりしながら歩く。
家まであと15分くらいだから、これは頭の上に雪が積もるパターンだ。
ここ数日、夜に雪がどっと降ってくるのだ。
しかも私の帰宅時間に合わせているかのように降ってくるので、私は毎日のように頭に雪を積もらせて帰宅している。
両親はすでに眠っているか、起きているとしても母だけなので、家の中に雪を持ち込むなという理不尽なことは言われない。
私は雪が頭の上に少しでも積もらないように、さっきよりも早く歩くことにした。
しかしそれが祟って、家まであと5分の距離にある白色街灯の下で転んでしまった。
仰向けに転んでしまったので背中を思いっきり打ってしまい痛いし、それでも雪は容赦なく降ってくるし、顔に張り付いて冷たいし、体温で地味に溶け出して頬を伝ってくるし、というか何よりも寒すぎる。
私は、なんだか自分が情けなくなってしまって転んだ状態のまま起き上がることもせず、ただ暗い空から降ってくる雪をぼんやりと見ていた。
ぼんやりと雪を見ているうちに、綺麗だな、という言葉がつい口から出てしまった。
それは街灯に照らされて降ってくる雪が、沢山の星が降ってきているように見えたから思ったことだった。
私はこの土地に何十年も住んではいるけれど、こんなに綺麗な光景は初めてだ。
ここは本当に寒くて人の住むような場所ではないと思っていたけれど、この光景に出会うことができるのなら、この土地に住むのも悪くはないかもしれない。
スマホで写真、いや、動画を撮ろうかと思ったけれど、この光景の美しさは写真でも動画でも伝えることはできないだろう。
というよりも私はこの光景を伝えようとすること自体、無意味なことのように思えた。
これは写真や動画に残すべき光景ではない。
私が私の目で見て、冷たい空気を肌で感じて、凍るような冬の匂いと一緒に私の記憶に残しておくべきものだと感じた。
そして、不意にこの土地を居住地に選んだ旧人類も、もしかしたら今の私のように何か特別な光景に出会ってしまったのかもしれないという考えが浮かんだ。
とんでもなく寒い場所だけど、それ以上に特別な何かを見出してしまったならこの土地を選ぶ理由にはなる、と。
両親がどうかは知らないが旧人類はこの土地で何かを見たのではないか、そんなことを考えながら体を起こす。
吐く息とともに空を見上げる。
降ってくる星々を眺める。
私は、寒いけどあと30秒だけこのままでいよう、家に帰るのはまだ早い、とそう思った。