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雨の盾

雨の日が僕の安息日だった。

テレパスの僕にとって、無理なく過ごせる唯一の日だからだ。

どういう理由かはわからないが、雨の日は他人の思考が流れ込みにくいらしい。

強い思考は別ではあるけど、そんなに強い思考を飛ばしている人間はそうそういない。

だいたいの人間は細かくてふわふわしてるものだったり、とげとげしてるものが一瞬だけ突き抜けていくものが多い。

そういう思考の魚群のようなものが、晴れている日は大量に頭の中に流れ込んでくる。

ノイローゼにならないのが不思議なくらいだが、もしかするとテレパスはある程度の耐性を持っているのかもしれない。

というより、持っていないと困る。

発狂して自ら命を絶つか、他人に迷惑をかけるなんてことはごめんだ。

それでなくともテレパスは世界中から追われているというのに。

そもそもテレパスは今、どのくらい世界に存在しているのだろうかと思うことがよくある。

どうしてテレパスが生まれたのか、他の能力者は追われないのにテレパスだけが追われるのか。

僕にはわからないことが多い。



向かいの家のトタン屋根に雨が落ちる音が聞こえる。

雨が強くなってきているのが、その音でわかる。

しばらく目を閉じてその心地よい音に耳を傾けていたのだが、強い思考が流れ込んできて目を開ける。

『ちかくにだれかいる』

問いかける系の思考が流れ込んでくるのは、初めてのことだった。

というより、どうしてそんな思考が流れ込んできたのか。

誰だろう……

僕はちょっと気になって、部屋の窓を開けて外に顔を突き出した。

結構強く頬や髪の毛に雨が当たってくる。

左右を確認すると、右下に紺色の傘をさしている誰かが居るのが見えた。

……女の人?

その誰かは、雨の日なのに汚れやすそうな白いスカートに白いヒールの高い靴を履いていた。


『みつけた』

傘が動いた瞬間に目が合って、僕は思わず顔を引っ込めた。

これは、僕……捕まる感じなのか?

胸を押さえて息を整える。

『あなたもてれぱすなんでしょう、おはなししましょう』

またしても妙な思考が流れ込んでくる。

僕としては話し合った瞬間に、捕まるという可能性があるのでとてもじゃないが彼女を信用できない。

『あたしたち、なかまをあつめているの』

『へきちにね、てれぱすだけのまちをつくろうとしているのよ』

テレパスだけの街なんて、そんなもの簡単に作れるわけがない。

そうとも限らないぜ?

音もなく扉が開いていて、目の前に見知らぬ男が立っている。

お前、かなり無防備だな

そんなんじゃ政府の奴らに簡単に捕まっちまうぞ

呆れたように言い捨てる男の後ろから、先程下で傘をさしていた彼女が現れた。

そう意地悪なことを言うものでわないわ

彼、まだ他のテレパスと接触したことがないみたいだし……政府からも目をつけられてないのよ

ふ、不法侵入です、警察を呼びますよ……!

二人は顔を見合わせて短く笑うと、僕の前に腰を下ろした。

そりゃ面白い、じゃあ警察が来るまで話でもしようか

時間もまだまだあるでしょうし

そうね、折角だしお茶でも淹れてお話ししましょう

台所借りるわよ、と彼女は言って部屋から立ち去る。

僕は何か良く分からないことに巻き込まれてしまうのを感じながら、それでも不思議とこの二人の話を聞いてみてもいいかもしれないと思い始めていた。

その思いは、彼の放った言葉で強くなる。


雨の日は良いよな

他の奴の思考があまり流れて来ない

俺達にとっては安息日……そうだとは思わないか?


彼女が戻って来るまで、僕たちは雨の音を楽しんでいた。




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