焼き増し
自分の人生が誰か他の奴の焼き増しだって考えたことあるか?
僕は文字を打つ手を止めてあいつを見た。
あいつは頬杖をつきながら、どろんとした重たい瞼を上げて僕を見つめている。
あいつはいつも突拍子のないことを聞いてきて、しかも最後には聞いた人間を不愉快にして去って行くという妙な才能を持っていた。
……何、急に
ん、聞いたまんまの意味だけどお前はないのか?
そういう風に考えたこと
……どうだろう、わからないな
ていうか、そっちこそそんな風に考えたことあるの?
僕の知っているあいつは、自分の人生は自分のものだとブイブイ言わせて生きてきた人間だ。
他人に火の粉を振りまきながら自分の人生を謳歌する、そんな最低な人間だったと記憶している。
んー、俺は自分の人生は自分のものだと思って生きてるからな
それなら今聞いてきたことは矛盾してないかい?
まぁな
あいつはため息なのか呼吸なのかどっちともとれない音を出して、頬杖を止めた。
俺は自分の人生を生きてきた、それはまず間違いなくそう言える
ただ、最近思うんだよ
本当にこれは自分の人生なのか、ってな
僕は眉をひそめてあいつの話を聞き続ける。
例えば、二世、三世と呼ばれてる奴らはその親の人生の焼き増しにすぎないだろ?
自分で選んだのかもしれないが、実際のところは選ばされたってことに気が付いてないだけだと俺は思ってる
それはまぁ言うなれば、親の人生の焼き増しってことになるんじゃないかと思ってな
さらに踏み込んで言っちまえば焼き増しってことは、徐々に劣化していってるってことだろ?
それはちょっと乱暴な言い分じゃないかい?
代々続いているものは初代の劣化に過ぎないって言っているようなものだよ、それ
流石にひどい思考だったので、僕は横やりを入れてあいつに冷静になるように示す。
しかしこんなことであいつが止まったりはしないということは、長年の経験からわかってはいた。
あぁ、俺はそう言ってるんだよ
所詮、続いていくものは初代の劣化に過ぎない
俺もお前も親から半分ずつ遺伝子をもらって誕生した出来の良いイミテーション……いや、レプリカに過ぎないのさ
こんなことが何万年も続いてるとか、狂気だと思わないか?
僕は何も答えることが出来なかった。
それは、僕の中にあいつの問いへの答えがないからだ。
だから僕は話をすり替えることにした。
どうしたのさ、急に……そんなこと考えるなんてらしくないよ、何かあったの?
……別に
風のささやきのような声でそう言ったきり、あいつは何も話さなかった。
僕は何か違和感を覚えつつも文字を打つ作業に戻る。
数分で違和感は消えていった。
数日後、あいつは僕の前から姿を消した。
あいつの部屋には手紙がひとつ残されていて、それにはセピア色に変色した何かの集合写真が一枚入っていた。
その写真の中にはよく見ると、僕とあいつそっくりの若者が写っていた。