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貰えるのは一度だけ
姉から急ぎの仕事が入ってしまったので、夕方までには戻るからそれまで家に居てほしいと連絡があった。
夫は夫で会社勤めで帰って来れないので、ちょうどいい暇を持て余している大学三年の私に白羽の矢が立った。
そういうことだろうと、私は理解している。
姉には二カ月ほど前に小学生になった息子がいて、その子が午後一時半過ぎに帰宅する。
まだ一人で留守番をさせるには心もとないらしい。
私がそのくらいの頃は姉と二人で留守番をするよう言いつけられていたが、姉は普通に友達のところへ遊びに行ってしまい、私は家に置いてきぼりにされることが日常だったのだが。
そんな私からしてみれば、一人で留守番とか余裕っしょって感じではある。
でもそんなことを口にしたら、姉からあらゆる言葉でぼこぼこにされるのが容易に想像できるので言わない。
まあ、そんなこんなで私は姉の家で甥っ子が帰宅するのを待っていたわけだけど。
先程、元気よく帰宅した甥っ子を私は泣かせてしまったのであった。
泣き出した理由がいまいちよくわからないのだけど直前のことを思い出してみると、恐らく私が甥っ子にランドセル似合ってるねと言ったことが引き金になったのだと思う。
私は甥っ子がランドセルを背負った姿を始めて見たので、その感想を普通に口に出しただけなのだが甥っ子にとっては聞きたくない言葉だったのかもしれない。
甥っ子をなだめてようやく口がきけるようになったところで、どうして泣き出したのか理由を聞いてみるとああなるほどと思った。
甥っ子は赤いランドセルが欲しかったのだが、両親に説得されて今のランドセルにしたと話してくれた。
どうして赤が欲しかったのかと訊いてみると、シンプルに赤い色が好きだからと言う。
戦隊モノのリーダーは赤い色だし、好きな食べ物も赤い色をしていて、姉のペディキュアが赤い色で綺麗だとか、お父さんのネクタイの赤い色が格好いいとか、そういうことも教えてくれた。
甥っ子は自分の日常生活の中で赤い色を好きになって、だから当然のようにランドセルの色も赤い色を選んだ。
でもなぜだか両親から反対されて今の無難な色のランドセルになった、よくありそうな話である。
よくありそうな話であるが二カ月経っても泣き出すくらい赤い色のランドセルに固執しているのなら、姉達の気持ちもわからないではないが赤いランドセルを購入してあげればよかったのではないかと思ってしまう。
甥っ子はその後泣きつかれて眠ってしまい、姉が晩御飯の準備をしている時まで起きては来なかった。
私は姉にランドセルの話をしようとしたのだが、昔のことを思い出して止めた。
そのかわり姉にコンパクトミシンを貸してくれと頼んで夕飯をごちそうになった後、抱えて家まで持って帰った。
ランドセルの寸法は甥っ子が眠っている間に測ってある。
後は赤い生地を購入して縫えばいい。
今から赤いランドセルを買い直すのは無理だけど、カバーを作って赤いランドセル風にすることは出来る。
私も小学生に上がる時、赤いランドセルは嫌だと大騒ぎしたことがあるので甥っ子の気持ちはほんの少しだけわかる。
ちなみにあの時、姉は赤いランドセルを私に押し付けて自分は新しいリュックを買ってもらっていた。
だから姉には、甥っ子のあの気持ちはわからない。
私は布団の中で、どんな生地にしようかと考えながら眠りについた。