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言わないだけマシ
夕飯を食べ終えて寛いでいると、不意に来客を告げる呼び鈴が部屋に鳴り響いた。
こんな時間に誰だろうかと眉をひそめる。
ゆっくりと玄関に向かい、おそるおそるドアスコープを覗き込む。
え……
ドアスコープから見えたのは両目を泣きはらしている妹の姿だった。
慌ててチェーンを外し鍵を開けてドアのぶに力をこめたが、妹の方が早く反応して玄関に入り込んできた。
おねえちゃああああん!!
ちょ、うるさい、もう少し静かにして
わんわんと泣きながら抱き着いて離れない妹を無理矢理引きはがしてリビングへ通す。
とりあえず妹の気持ちを落ち着かせるためにも、暖かい飲み物を出そうとキッチンに向かう。
紅茶でいい?
……お酒がいい!
え
お酒!
アルコール!
飲まないとやってられないのっ!
自分の妹だけれど、心の中で思いっきり引いてしまった。
戸惑いながら冷蔵庫を開けて発泡酒とアルコール度数に低いサワーを持って妹の前のテーブルに置く。
妹は迷うことなく発泡酒を選んで即行で開けた。
ぷしゅっ、かこっ、という音が鳴る。
少し遅れてもう一度鳴る。
私が一口目を喉に通している間、妹は既に三口目だった。
で、なに、どうしたの?
もうさぁ……自分のことが嫌になっちゃって
その言葉から、また何か妙な考えにはまったなと直感した。
あたしさ、昔っからこう……よくないことを考えちゃうの、お姉ちゃん知ってるよね?
まあ、そうね
なんか、嫌いじゃないのにさ、むしろ仲良いのに……こう、失敗すればいいとか怒られればいいとかさ
もっとひどい時なんか、死んじゃえばいいのにって思っちゃうの
仲良いのに、だよ?
もちろん思ってるだけで言わないけどさ……
言わなくてもそんなこと考えちゃうのって、なんかこう……ひどいことだと思うの
言わないだけましだよ、なんて気休めの言葉は妹には必要ない。
妹はいつもこうだから、この考え方は治らないし、私は別に治らなくてもいいと思っている。
お姉ちゃんにたいしてもさ、あたし……お父さんお母さん
会社の人達にバレちゃえばいいって思う時があるの
これはさ、言わなくてもさ、思ってるだけで、すっごくひどいことじゃない
妹が私の様子を窺うようにちらりと目を向ける。
一口、甘いサワーを飲む。
私が同性愛者ってことを知っているのは妹だけだ。
そしてそのことを妹が絶対に誰にも言わないことは私がよく知っている。
だから別に思うだけなら、考えるだけなら妹の勝手なのだ。
それなのに妹は、そんな自分の考えそのものを嫌っている。
たまにそういう発作的な考えの嫌悪が湧き上がり……現在のようになる。
いいんじゃない?
そういう風に考えちゃうのは、ごく普通のことだと思うよ
いくら仲が良くても疎ましくなったりして、悪いこと……不幸になれって思っちゃうことあるよ
……お姉ちゃんでも?
あるよ、もちろん
私が笑って見せると、妹は悲しそうな顔をした。
ま、あんたは今きっといっぱいいっぱいなのよ
明日、お休みでしょ?
一緒に美味しいもの食べに行こう
そしたら少しは軽くなると思うから
ね?
妹は口を閉じて何かを思案しているようだった。
何かを言おうと口を開いたけれど、それを止めて発泡酒を呷る。
それを胃に落としこむと、食事に行くと返事をしてくれた。
そしてどこに行くか、何を食べるか等、妹が酔いつぶれて眠るまで話し合った。
テーブルに突っ伏している妹の髪を撫でて呟く。
言わないだけマシなのよ……あんたは
短く息を吐いて、妹にかけるためのブランケットを取りに寝室に向かった。