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差し出す


放課後。

美術室。

私は一人で絵を描いている。

いつもの定位置で日が暮れるまでずっと描き続けている。

時間が遅くなければ私以外にも人はいるのだが、だいたい他の人は十七時頃には帰宅していた。

それからはずっと一人で、私はキャンバスに向かい続ける。

様々な香りの混ざった美術室で、黙々と作業を続けるのだ。


ふと、後ろに人の気配を感じた。

こんな時間に来るのはあいつしかいない。

だから私はいつも通り、後ろに振り返ることはなく手を動かす。

すると声が降ってくる。


またその絵?

なあその絵って全部同じ人物なのか?


私が答えずにいると、あいつは少し考えてからこう口にした。


その絵、お前に似てるよなー

似てないよ

全然違うよ


反射的に否定の言葉が出てしまう。

私は私を描いているわけではないので、間違っていない。

ただ、見ようによっては私に見えるのか、と頭の隅で思った。

そしてそれよりも強く思ったのは、早くどっか行ってくれないかなということだった。

あいつはなぜかいつも私が一人の時にふらりとやって来て、毎回変な質問をして帰っていく。

変な質問すぎて、その内容を覚えていない。

というか、できれば質問しないで、さっさとどこかへ行ってもらいたい。


あのさー、有名な画家?

……がさ、生涯手元に置き続けた絵ってあるじゃん

ダヴィンチの?

そうそう、たぶんそれー

あれって死ぬまで完成しなかったの?

いや……完成したんじゃないかな

ふうん……お前のその絵はいつ完成するんだ?

……さあ、いつだろう


完成が見えない絵を描き続けるってさ

それってめちゃくちゃ辛くないか?

辛い……そういうふうに考えたことはないかな

お前は、どーすんの?

どーやって終わらせるんだ?


完成の見えない絵の終わらせ方、か。

少し考えてみる。

でもそれも十秒だけだった。

そして出てきた答えが、自分自身よくわからないものだった。


差し出す……かな

差し出す?

うん

そっか


ふーんと言ってあいつは美術室から出て行った。

あいつが居なくなって私一人になった美術室は、いつもとは違う静けさをもっていた。

……変な女と思われただろうか。

少なくとも私なら今後の付き合い方を考えてしまうような答えだ。

そして私はキャンバスに目を移す。

他の人よりも青い色が多いキャンバスは、いつ完成するのかと私自身に問いかけてきているように思えた。







翌日、私は違う絵を描いていた。

描き始めたばかりでまだ白い部分が半分以上ある。

十八時頃、あいつがひょっこりと顔を出した。


あれ?

あの絵は?

あー、完成した


素っ気なく言うが、嘘だ。

本当はまだ途中で完成なんてしていない。

そして珍しくあいつから何の反応もない。

いつもならこっちが頼んでも静かにならないのに、どうしたのだろうか。

キャンバスから目を離して、右斜め後ろにいるあいつを見上げる。

視線が合うと、あいつは少し考えるそぶりをしてから私に言った。



それじゃあ

あの絵俺にくれよ










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