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そっと抜け出すのは難しい




夢見心地の日々は終わる。


突然の嵐に叩き起こされて。





それって、午前六時の誕生神話……だっけ?

あまり興味はなかったけれど、彼の呟いた言葉に反応して訊ねてしまった。

ちらりと彼のいる方へ視線を向けると、目が合ってしまった。

そしてその瞬間、あたしは訊かなければよかったなと直感する。

やってしまったなあと心の中で後悔するけれど、口から出てしまった言葉をもとに戻すことは出来ない。

彼は深く座っていたソファから少し腰を浮かせて浅く座り直し、あたしに言う。

今のは確かに午前六時の誕生神話だ

しかしこれは、二十四時の神々の神話の一部にしか過ぎない

あ、うん……なんか前にそんなこと言ってたね……うん

身構えていたせいか声が若干震えてしまった。

おかげで彼から変な目で見られている。

私は目を泳がせながら、話題を変えようとしたのだが……。


あの、あれだよね

たしかー、まだ二十四時全部の神話は見つかってないんだよね

そうなんだ、見つかってないんだよ!

急に声を弾ませて読んでいた本を閉じて立ち上がる。

やってしまった、と目を瞬かせながら思う。

話を逸らすつもりが、余計なスイッチを入れてしまったらしい。

彼はぐるぐるとテーブルの周りを歩き始める。

ぶつぶつと呪文のように言葉を唱えながら、ゆっくりだったり早かったりとランダムなスピードで歩く。

あたしは見つからないようにゆっくりと携帯を持ち、部屋から出て行く。

そして自分の部屋からこれまたゆっくりと音が出ないように、いつもの鞄を手に取って玄関へ向かう。

靴にも恐る恐る足を突っ込むと、一度振り返って彼の居るリビングに目を凝らす。

彼はまだあたしが居なくなっていることに気がついていないようだ。

しかし、リビングから離れていても彼が何かずっと呟き続けているのは地味に耳に届く。


こわいよぉ、あのモードの彼はこわい……

声に出ているのか出ていないのか微妙な音量であたしは囁き、玄関を開けて外へ出る。



家から離れたところで、あたしは大きく一度深呼吸をする。

そしてまだ彼が歩き回っているであろう家に振り返る。

好きだよねえ、あのお話し……

携帯の画面で時刻を確認して、ため息を吐く。

あれは、戻るのにちょっと時間かかりそうだったよねぇ

どこで時間潰そうかなぁー……

空を見上げて歩き出す。

そういえば商店街の方に新しいカフェができてなかったかなあ

独り言を結構大きな声でしゃべっているのに気がつかずに、あたしは通りを歩いてカフェに向かう。

携帯画面には、午後三時三十六分と映し出されていた。


午後四時の神話はまだ見つかっていないことを不意に思い出したが、頭を振って脳内から追い出す。


午後の神話は平和な話が多かったことを思い出しながら、あたしは目的地まで一度も止まらずに歩き続けた。






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