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瞳は黒色
入れ替わるとしたら、何がいいと思う?
不意にそんな言葉をかけられて、僕は相手の居るであろう方向に視線を移して固まってしまった。
どう返せばいいのかが、わからない。
そもそも入れ替わるって何と入れ替わるつもりなのか。
その対象物が不明すぎる。
僕が何も言わないで固まっているものだから、相手はもう一度同じ言葉を繰り返した。
あの……、聞かれている言葉の意味がわからないんだけど
え、ちょっと……それ私の話ちゃんと聞いてなかったってことになるけど
相手の声が驚きと不快の混ざったものに変わる。
ごめん、と形だけの謝罪をすると呆れた様子で相手は話し出す。
もし、自分以外の誰か、もしくは何かと時空も関係なく入れ替わることが出来るならって話をしてたのよ
思い出してくれた?
これってそもそも前にあなたが話していたことなんだけど……
そうだったかな
全く話した覚えのない話を聞かされて、僕は首をひねる。
その隙をついて、相手が僕の読んでいた本を取り上げる。
こんな古臭い人類史なんて読んでるから忘れっぽくなるのよ
言いながらガラリと窓を開けて本を外に投げ捨てる。
僕の小さな悲鳴は相手には届かず、遅れて窓に駆け寄って身を乗り出す。
下を向き、消えていった方向に目を凝らしても暗くて何も見えなかった。
本の色が暗い色だったのも、行く先を見届けられなかった原因のひとつだろう。
ほら、危ないから窓の近くから離れてくださいな
首根っこを掴んで僕を後ろに下がらせた手で、相手は窓を閉めた。
僕は動こうにも体が固まってしまって、動くことが出来ない。
相手はそんな僕を見て、ため息を漏らした気がする。
そして僕を先程まで座っていた椅子に誘導して、離れていく。
それじゃあ、あなたは何と入れ替わりたい?
僕は……
目を閉じて考える。
そうだな
ゆっくりと目を開けて相手がいるであろう方向に顔を向ける。
僕は、君と入れ替わってみたいな
私?
うん、君と入れ替わって世界を見るのは面白いと思うんだ
今僕は笑っているけれど、相手からはどういう風に見えているのだろう。
そうね……それは、確かに面白いかもね
それじゃあもし、入れ替われるとしたら私もあなたと入れ替わりたいって答えるわ
声の調子からして、相手は笑っていると思う。
相手の手が左頬に触れる。
その時は私のこと、ちゃんとエスコートしてくださいね
あなたの目は、見えるものと見えないものがあるんだから
心地の良い笑い声が僕のすぐ近くで聞こえた。