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涼しい場所がいい

彼はいつも眠たそうな顔をしていた。

目がぱっちりと開いていて、やる気全開モードです!

という顔は一度も見たことがない。

見たことがないから、急にそんな顔になって目の前に現れられても戸惑うと思うけれど。



ねえ、話聞いてた?

……あ、ごめん

ワンテンポ遅れて彼は答えた。

私は落胆というか非難というか、そういった思いを顔に出さないように注意してもう一度同じことを話す。

今度の連休の時に行く、旅行場所について話してたのよ

あぁ、そうか、もうそんな時期だったか

そうよ、どこか行きたいところはある?

彼は少し上を向いて考えるそぶりをしたけれど、直ぐに私に向き直り首を横に振る。

特に思いつかないという、いつもと変わらない彼の意思表示だ。

思えば、旅行に関して彼からどこかに行きたいと言われたことはないような気がする。

旅行に関してだけではなく、彼からどこかに行きたいとかそういった提案を受けたことがない。

彼との付き合いは長いけれど、全て私からの誘いを彼が受け入れるという感じで、その逆はなかったのではないだろうか。

そういえば、付き合うことになったきっかけも私からだったような。

今まで気にならなかったことが急に気になりだす。

同時に、どうしていつも私が提案しなければならないのだろうという気持ちが沸き上がって来る。

……どうしたの?

急に黙り込んだ私を不審に思って、彼が声をかけてきた。

でも私は口を開かない。

多分、今口を開いたら口論になる。

それも私のしょうもない気持ちのせいで。

口を開く代わりに、彼の真似をして首を横に振る。

彼は少しだけ瞼を上に持ち上げて、小さな声で私に問いかける。

旅行、行くの止める?

その言葉に、ピクリと左の頬が反応した。

そしてちょっと意地悪してやろうと思って口を開く。

そうね、二人で行きたいところがないなら止めよっか

今度の連休は私、一人で行きたいところに行くことにするわ

タイミングのいいことに目の前のグラスに飲み物が入っていなかったので、彼から離れるために麦茶を淹れに立ち上がる。

冷蔵庫を開けて麦茶を取り出すと、彼も自分のグラスを持って側にやって来ていた。

……一人で行きたいところって、どこ?

別に、どこでもいいでしょ

彼のグラスに麦茶を注いでから、自分のグラスにも注ぐ。

冷蔵庫に麦茶を戻して、彼の横を通り過ぎる時ポツリと彼から言葉が漏れる。


俺は……君の行きたいところに、一緒に行ったら邪魔?


彼らしくない言葉に、グラスを落としそうになった。

ぎこちなく彼に振り返ると眠たそうな顔は相変わらずだったが、その瞳には涙がたまっている。

そんなこと一言も言ってないじゃない

ちょっと、泣かないでよ

……まだ、泣いてないよ

プイッと顔を背けて、私より先にソファへと戻る。

その背中を見ながら思い出す。

そういうところがほっとけないというか、好きなところなんだよなあと。


しょうがないなあ……


聞こえないくらい小さく声に出して、連休に行きたいところを考えながら彼の後を追う。


彼は拗ねた様子でソファに身を沈ませていた。



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