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ある祭の起源
覚えていることは少ない。
あたしは気がついたらここにいて、それからずっとここにいる。
動けないのではなく、動かない。
どこかに行く必要を感じないからだ。
このざらついている砂に嫌悪感を覚えたこともないし、海流が激しいことにだって苛立ちを感じたことはない。
他のみんなはこんな環境が嫌だと言って去って行ったけれど、あたしはここが好きだ。
でも、あたし以外にここを気に入っている者はいないから、結果的にあたしは一人でこの場所にずっといる。
たまに放浪者とか物好きな観光者がやって来ることもある。
そのどれも、長くて一週間で去って行く。
ざらついている砂も、激しい海流も、その者たちのお気には召さないようだ。
まあ、そもそも気に入る者が多かったら、あたし以外にも住み着く者がいるはずなのだけど。
ある日、とてもひどい嵐が上の方で起きていた。
底に住んでいるあたしの場所も、普段より海流がひどかった。
こんなところにも影響が出るのだから、きっと上の嵐は想像を絶するものだろう。
あたしは流されないように、物陰に身を潜めていた。
すると上から何か大きな塊が落ちてくるではないか。
よくわからないけれど、このままではそれに押しつぶされてしまう可能性があったので、あたしはしぶしぶ物陰から移動する。
移動してから三十秒後にその塊は、あたしの潜んでいた場所に落っこちた。
ざらついた砂が舞い上がり、辺りの視界を悪くする。
砂がまだ舞っている中で、あたしは塊の中から奇妙な泡が上に向かっていくのが見えた。
不思議に思い、その塊に近づいてみる。
泡はまだ出ていたので、その発生源を確認するためにもっと近づく。
横に長い板のようなものの下から、その泡は出てきているようだ。
板をどかしてその下にあるものを見たけれど、それがいったいなんなのかわからなかった。
けれど先程よりも泡の量が少なくなってきていて、心なしか泡の発生源は苦しそうに見えた。
あたしはその発生源を腕に抱えて上に向かう。
上に出るのは久しぶりで、どこに行けばいいのかもわからない。
とりあえず少し先の方に陸地があったと思うので、そこまで行くことにした。
陸地に近づくにつれ、水深の浅いところによくわからないものの影がよっつほど確認できた。
そのよくわからないものは、あたしが今抱えているものによく似ていた。
あのどれかにこのよくわからないものを託せば、きっと大丈夫だろう。
あたしは急いでその内のひとつに近寄って、すぐそばに抱えていたものを置く。
そうして、さっさとあたしの住む場所に戻った。
後ろでは大きな音が鳴っていた。
あの日から数日後。
あたしの住む場所に妙なものが落ちてくるようになった。
海藻や珊瑚ともまた違う、色とりどりのよくわからないものだ。
上からゆっくりと落ちてくる時には、ひとつの塊なのに底に辿り着く前にはバラバラになっている。
そのバラバラになったものは海流にのまれて、あたしの場所まではひとつも落ちてはこないけれど、その光景はなかなかに綺麗なものだった。
数年後、あの陸地では人魚祭というものが毎年行われるようになったのだとか。