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リーフピクシー
彼は同じ場所を何度も歩いていた。
おかげで彼の歩いた場所だけは、一目見てわかるくらいに落ち葉が踏みつけられていてぺしゃんこだ。
私たちはそれを木の影、茂みの中からそっと、じっと見守っていた。
ひとつ、葉がまた木からはらりと落ちていく。
その葉は彼の髪に絡まり、そこに落ちついた。
彼がそれを掃うことをしなかったから。
とはいってもそろそろ髪についた落ち葉をなんとかしなければ、彼は落ち葉お化けになってしまう。
あの姿で街に帰るのだとしたら、ちょっとした騒ぎになるだろう。
もちろん、無事に帰ることが出来ればの話だけれど。
それにしても、と私たちは話す。
彼はいったい何をずっと歩き回ってなにをしているのか、と。
そもそもこの森に入り込むとはなんとも恐れ知らずな、と。
人の世界に帰る気がないのではないか、と。
朝からずっと同じ場所を歩き回る神経がわからないよね、と。
変わり者なんじゃないかな、と。
私たちはそれぞれが思い思いに話すので、会話というものになることはない。
会話はしない、というか出来ない。
私たちは別々であるけれど繋がっている。
だからそれぞれが別のことを言っていても構わないのだ。
深いところで意識は繋がっているのだから。
ひそひそと私たちはまた話す。
彼は私たちに気がつくことはなく、まだ同じ場所を歩き続ける。
何か探しているのかな?
私たちが言う。
日が暮れるのが早くなってるから街に帰らないと危ないよね、と。
あ、立ち止まったよ、と。
彼は歩くのを止めて、上の方を見上げた。
木々の葉が落ちていく時期ではあるものの、まだたくさんの葉が残っているので空模様は見えないはずだ。
一度、強い風が吹いた。
木々の葉が落ちていく。
風にたくさん攫われていく。
彼の髪についていた葉も攫われる。
彼が掌を上にかざすと、風が吹き止んだ。
私たちは口々に今の何、とざわめく。
彼は風が止むと掌を下ろし、また歩き始めた。
しかし今度は同じ場所を歩くのではなく、街へ続く道を歩いていた。
どうやら今日は帰るらしい。
しかし私たちはそれどころではなく、先程の彼についてまだ言いたい放題話している。
私は私たちの話を聞きながら、彼にそっとついていく。
森の境界線まで辿り着いたとき、一度彼が振り向いた。
彼には私の姿は見えないはずなのに、目が合っている気がしてならない。
君は……自分の意思で動き回ることができるんだね
この森にとってきっと特異な存在なんじゃないかな
それだけ言って彼は街へと去っていった。
後ろの方では、私たちが話している。
少し前までは私たちが好き勝手話していても理解出来ていたし、気にはならなかったけれど今の私は違った。
私は、私たちの繋がりから遠くなってしまったようで、私たちの考えが入ってこなかった。
私も彼と同じように森を振り返る。
彼について街に向かえば、きっと私たちの繋がりは消えてしまう。
でも、と考える。
私以外誰も、私たちはあの場所から動かなかった。
もしかしたら動けなかっただけなのかもしれないが、私は彼についていって彼は私の姿をとらえた。
きっとこの先、同じことは二度と起こらない。
それならば私がすることはひとつだ。
私は彼の後を追うように森から去った。
彼は後に精霊持ちの旅人と呼ばれるようになる。