【白影荘の住人】地図男-1/3
五月下旬。
ゆーまさんが宇宙に帰ってから数週間。
白影荘はわりと平穏な日々が続いている。
たまにクロガネさんと一階の住人二人の口論が聞こえてきたりするけれど、それ以外はいたって平穏であった。
僕はというと、帰宅時に廊下で在所さんと出会う度に彼から異国のお土産を貰っていた。
ただ、僕一人では食べきれないくらいの量になってきてしまい、それを大学の友人に話すと菓子パなるものをすることになった。
それが昨日の話で、今、僕はそのお菓子を持って構内の談話室で女子二人、男子一人、計三人の友人と顔を突き合わせている。
「これ、全部外国のお菓子だよね?見たことないものばっかりだよ~」
「本当にこれ、こんなに食べちゃってもいいの?」
「うん、僕だけじゃ食べきれないから。なんなら少し持って帰ってくれると助かるかな」
「お前~、そんなこと言って女子に点数稼ぎか~?」
にやにや笑って肘で突かれる。
「ん~、今日も二人は仲良くじゃれあってるねぇ」
僕と男の友人とのやりとりは彼女たちから見ると微笑ましいもののようで、僕は困ったように笑う事しかできないのであった。
お菓子を食べながら他愛もない話をしていると、僕の住んでいる白影荘の話になる。
「え……それってあったりなかったり荘のことじゃないわよね」
「何、その七不思議みたいなの。面白そ~」
「いや、面白くないだろ。幽霊が住んでるって噂だぞ」
「幽霊?違うわよ。地獄と繋がってて敷地に入ると二度とこっちには戻って来れないって言う話よ」
「地獄?なにそれもっと面白そう!」
「いや、そんなんじゃないよ普通の古いアパートだよ」
まあ、仙人と猫神様の末裔は住んでいるけれど。
チョコレートを舌の上で溶かしながら心の中でそう付け足す。
噂の真偽を確かめに遊びに行きたいと言われて僕は快諾したけれど、どうしてかみんな用事が入ってしまい白影荘に来ることはなかった。
余ったお菓子は女子二人が貰ってくれたので、僕は幾分か軽くなった鞄を背負って白影荘へと帰る。
階段を上がると共有部で在所さんとクロガネさんが世間話をしているところに鉢合わせた。
「あ、ホウキ君お帰り」
「お菓子パーティは楽しかった?」
クロガネさんの言葉に心臓が一回大きく鳴った。
なぜ知っているのか、という顔で見つめると彼女はサラリと言う。
「猫たちが教えてくれたのよ。お菓子を沢山広げて可愛い子たちと食べてたって」
「あ、はは……」
乾いた笑いしか出て来ない僕をよそに、在所さんがそうだ俺達もお菓子パーティをしようと提案する。
クロガネさんは即座に賛成の意を示して、会場は僕の部屋でと言い放つ。
「うん、了解。じゃあ煙夫人とシューにも声かけてくるから、先に部屋で待ってて」
僕の意見は聞かれず、僕の部屋で開催することに決まってしまった瞬間だった。
「さ、早く鍵開けてよね」
クロガネさんに急かされ、僕は鍵をポケットから取り出すのだった。
先に言っておくけれど、白影荘の間取りはどの号室も同じである。
そんなあまり広くない部屋に大人が四人、テーブルにお菓子を広げて顔を突き合わせている。
「煙夫人は、その……煙以外食べても大丈夫なんですか?」
「問題ないでしょ、仙人って言っても人間なんだし」
「砂漠の猫は相変わらずの辛口だねぇ」
「何か間違っていれば訂正してくれていいんですよ、東の仙人さん」
クロガネさんと煙夫人との間でなにかバチバチと交わされている。
ゆーまさんのお別れの日は特に問題がなかったので忘れていたが、クロガネさんは一階の住人と仲が良くないと以前在所さんが言っていたのを思い出す。
シューは出かけているらしくこの場に居ないが、もしいたらどうなっていたのだろうと少々疲れている頭で僕は考えていた。
【地図男 2/3へ続く】