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フー ア ユー



あの日、俺は敗北感を始めて知った。

俺の想像が到底及ばない、そんな人間が存在するなんて思いもしなかった。

俺は自分に出来ないことはないと思っていたし、何においても自分が一番うまくやれるという確信と自陣があった。

いや、実際に今でもそう思っている。

思ってはいるのだが、あいつを知ってしまった以上、それがあの日から揺らいでいる。

この揺らぎというものは上手くコントロール出来ていると思っていても、全くそうではないと事あるごとに思い知らされる。

全てが上手くいかない。

コントロール出来ないものがあるなんて、なんて不愉快なのだろう。

体の内側から何か抑えきれないものが込み上げてくるのを感じて、その辺にあるモノに手当たり次第に当たり散らす。

ひどく大きな音が数十分、鳴り続ける。

それでもここには誰も来ない。

俺以外に誰もいないのだから当然と言えば当然なのだが。

ひとしきりモノに当たり散らした後、被害の一番少ない箇所にある椅子に座る。

少しだけ息が上がっているが、関係ない。

それよりも、ことの原因であるあいつをなんとかしなければと考えを巡らせる。

そもそもあいつは何者で、どこから来たのだろう。

気がつけばこの街にいて、周りに溶け込み、そしてその頂点。

リーダーというか市長というか知事というか……とにかく街の意思決定権を持てるくらいの立場になっていた。

あいつはこの街に最初からいたわけではない。

この街の人間であるならば、古くからこの街に根を下ろしている家の生まれである俺が知らないわけがない。

それに街の住民名簿を見ても、あいつの名前はない。

あいつの名前はないが現在、生きていてこの街で暮らしている住民は全て名簿に載っている。

あいつはこの街に居ながらこの街の住民ではないらしい。

意味が分からない。

あいつは何者なんだ。

というより、一体あいつは今どこに住んでいるのだろう。

あいつの居場所を突き止めれば何かがわかるかもしれない。

そう考え、俺は荒れた部屋を飛び出した。

街を練り歩き隅々まで確認したが、あいつの姿は見当たらなかった。

肩を落としため息とともに顔を上げると、少し先にある墓地に目がいった。

そういえば墓地は探してなかったなと思い、足を向ける。

生きた人間であればこんなところにいるわけはないとは思うのだが、なんとなく墓地も隅々まで確認する。

当たり前だが、あいつはいない。

阿保らしいと思い帰宅する為に墓地を後にしようとした時、後ろから声をかけられる。


せっかく来たのにもう帰るのかい?


どこから現れたのかあいつが後ろに立っていて、いつものように爽やかに笑っている。


まあ、でもどうしてこんなところに来たのかは察しがついてるよ

僕を探していたんだろう?

それで、どう?

僕について何かわかった?

……答える義務はない

こんな真夜中に勝手に僕の土地に入って来たんだから、僕には聞く権利はあると思うんだけどな

聞く権利はあっても答える義務はない


適当に受け流す。

あいつはまだ爽やかに笑っている。

腹立たしい。


そっか、じゃあ仕方ないか……

まだその時期じゃないんだけど、ま、いいや


そう言ってあいつは音もなく俺に近づいて、重なり、消えた。

急にあいつの姿が消えてしまったので、慌てて辺りを確認する。

しかしあいつはいない。

何が起こったのかもわからず、呆然と立ち尽くす。

そして急に頭にもやがかかったようになり、意識が遠くなっていく。








目覚めると俺は、俺を見下ろしていた。

頭がついていかない。

どうなっているのだろう。

混乱していると下にいる俺と目が合い、その俺が言う。


あ、気がついた?

この体さ、ちょっと重たいよね

それに何この部屋?

強盗でも入ったの?


俺が爽やかに笑う。


その笑い方は、あいつの笑い方だった。










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