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ヒーラーの治療
病院。
白くて、硬い、ほぼ鉄で出来てる建物。
本来であれば絶対に来たくない場所に俺は来ている。
別にどこかを怪我したとか調子が悪いとかではない。
俺自身はいたって健康体で、病院なんぞに世話になる予定は今もこれからも絶対にない。
それでも俺がここに来たのは、数カ月間ずっとある思考が流れ込んできて迷惑しているからだった。
思考の発信源は三日で突き止めることが出来たが、場所が場所だったので様子見することに決め込んだのだ。
それに、一・二週すれば消えるだろうと高を括っていた。
ただ俺のその予想は大いに外れ、日に日にその思考の声は大きくなってしまい、俺の夜の安眠が阻害される事態になった。
俺はこの世で一番安心が出来る行為を奪われそうになっている。
この事態を回避するためには、直接乗り込んで対処するしかない。
だから来た。
だがいざ来てみると、どうにもこの建物の敷居を跨ぐのが躊躇われる。
それもそのはずだよな、と心の中で言ってため息をひとつ。
俺は行きたくないという心の声を押し込めて、病院の敷居を跨いだ。
院内を歩きながら思考の持ち主を探す。
ありがたいことに持ち主は程なくして見つかった。
よりにもよって医者かよ……
ぼそっと口から声が漏れる。
そいつは次々に入って来る患者を診察、あるいは治療を施していく。
俺はそいつの思考を感じ取りながら、その様子を確認していた。
数時間後、休憩に入ったそいつを廊下で呼び止める。
振り返ったそいつは不審者を見るように俺を見た。
ちょっと、話があるんですが……あなたから飛んでくる思考に関してです
後ろの言葉にそいつはピクリと反応して、屋上へと俺を案内した。
それで、なんですか私の思考って
それについて言う前にひとつハッキリさせておきたいんだが……あんた、ヒーラーだな?
……
無言は肯定ととるぞ
そいつは何も言わない代わりに、ゆっくりとした動作で空を見上げた。
まあ、声に出さなくても思考が伝わってきてるのでヒーラーであることは確定なんだけどな。
なあ、ヒーラーのあんたがなんで数カ月間ずっと『痛い』なんて思考を発信してくるんだ?
見たところ、どこも怪我なんてしてねえよな?
……そうか、あなたテレパスですね
空から視線をそらさずにそいつは続ける。
テレパスなのによくこんなところに来ましたね、通報されたいんですか?
通報されても捕まる前に逃げるさ
それよりもあんたの思考のせいで俺の睡眠が妨害されてるんでね、そっちの方が問題なんで文句を言いに来た
そうですか、と消え入りそうな声だけ出してそれ以上は言葉を続けない。
そいつの思考が飛び込んで来るが、全て要領を得ない。
思考の表層を読み取ってもどこが『痛い』のかわからない、恐らくそいつ自身もわかっていない。
……ヒーラーはテレパスと違って捕まることはないけれど、そのかわり一生を病院の中で働きながら過ごすことになっています
ヒーラーであるなら病気を治すことに一生を捧げるべき、ってやつです
適材適所法のことか?
ふふっと笑って空から俺に視線を移す。
私はヒーラーですが、その力は通常以下でそれほど強くありません
それでも死ぬまで病院に繋がれてしまうんです
捕まってしまうテレパスよりはマシなのかもしれませんが……それでも生きる自由というのはありません
飛んでくる思考が先程よりも深くなった気がする。
どうやらこの辺りに『痛い』の答えがありそうだな、と俺は感じた。
そしてある提案をする。
なあ、あんたのその思考……消し去ってやろうか?
……!
恐らくその思考を消し去れば、あんたから飛んでくる『痛い』っていう思考も消えると思うんだがな
ただし、先に言っておくがこれは思いっきり違法行為だからな
答えは慎重に、と言う前にそいつはお願いしますと答えた。
おい、そんな簡単に答えていいのか?
いいですよ、この思考がなくなれば私は楽になりますし、あなたも眠れるようになるんでしょう?
そいつは先程とは違い、体ごと俺の方を向き憐れむような目を向ける。
他人の思考を消せるなんて、あなたは凄い力のあるテレパスなんですね
……当たり前だ、何年逃げてると思ってる
テレパスを舐めるな、そう言い放って俺はそいつの思考を消す処置に入った。