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白雪


彼女は『脳内お花畑』という言葉が最も似合う人物だと思う。

退屈そうに頬杖をつきながら、そんなことを考えていた。

肌が異常に白い彼女の友人が、彼女に向かって何かを話しかけている。

彼女が短く笑う。

不意に目がパチリと合ってしまい、気まずそうに目をそむけた。

その先には、なにも描かれていない黒板があった。

日直が綺麗に板書を消した後だ。

今日の日直は神経質なあいつだったから、いつもよりも本当に綺麗に消えている。

ブラックボード、というが黒ではなく深緑色をしているのがよくわかる。

そういえばどうしてブラック……黒板、なのだろう。

余計なことを考えていたけれど、後ろからクラスメイトに小突かれて考えていたことが見事に全て吹っ飛んだ。


なんだよ……痛いな

あは、ごめーん

悪気のない謝罪が飛ぶ。

いやー、今日も白雪姫を見てるなーって思ってさ

クスクスと笑うクラスメイト。



白雪姫。

彼女の学校での通称だ。

肌の色が異常に白いからそう付けられた。

この通称には嫌味がこもっているのだが、彼女はそれに気がつかないで受け入れている。

それも可愛いとか言って快く受け入れている。

彼女に近づいて話しかける友人は、裏では彼女の悪口を言っている。

でも彼女はそれに気がつかない。

気がつかない上に、その場面に遭遇して自分が輪に入った時に変わる空気感にも気がつかない。

気がつかないのではなく気がつけないのだとしたら、彼女はこの先生きていくのに苦労しそうだなと見ている側からしては思う。

もし気がついていてあの反応なのだとしたら、よくそこまで表情に出さないなと関心するけれど、彼女の場合はきっと違うのだろう。

ねえ、あんたさ……白雪姫のこと好きなの?

クラスメイトがそっと耳打ちする。

背筋がぞわりとしたのは、言葉の内容ではなくクラスメイトの行為のせいだと思う。

そこまで話したこともない相手によくそんなに近づいて、デリカシーのないこと言えるものだ。

驚きと、少し憎悪のこもった目でクラスメイトを見る。

クラスメイトは俺の視線に恐怖を感じたのか、口を一文字に閉じてそっと自分の席に去って行った。

そのクラスメイトと入れ替わりで俺の方に彼女がやって来た。

……なんか用か

ううん、用はないよ

じゃあなに

んー、なんとなく?

へへっと笑う。

そしてそのまま所有者のいない向かいの席に座る。

首を右に少し傾けて無言で俺を見つめてくる。

居心地の悪さを感じた頃に彼女が口を開く。

あなたってなんていうか……ふわふわしてるよね

はぁ

脳内お花畑にふわふわしてると言われたくはない。

言い返そうとしたら、彼女が目を細めて笑いながらさらりと言う。

わたし、ふわふわしてる人は好きよ

何を言われたのか理解が出来なくて固まってしまった。

そんな俺を残して彼女は自分の席へと戻って行く。

自分でも気がつかないうちに大きく見開いていた目で、その後ろ姿を追っていた。



彼女が席に着いたとき、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。






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