
旅立つ前に
夜の砂浜を裸足で歩く。
砂浜に限らず裸足で外を……家の中すらも歩くのは危ないと教えられてきた。
それなのにあの子は今、裸足で砂浜を歩いている。
僕はただ、あの子が満足して歩くのを止めるまで波が来ない少し離れた場所に座ってそれを眺めていた。
砂の粒は少し大きく、座っているだけでも小さな痛みを感じる。
そんな砂浜をあの子は裸足で歩いている。
僕だったら十歩もいかないうちに靴を履いてしまうだろう。
あの子の足の裏は一体どうなっているのだろうか。
鋼の足裏……なーんてな
片方の口の端を上げて笑う。
あの子からはもちろん見えていない。
波の音に合わせて、あの子がステップを踏み始める。
パシャとかバシャンとか、少し飛び跳ねる度に波の音とは違う音が耳に届く。
そして小さな笑い声。
耳だけは他の人よりも少しだけいい僕には、あの子からつい出た言葉もちゃんと聞こえた。
あと何回来れるかな、なんて僕にもあの子にもわからないことを言っていた。
僕たちはもうすぐここから去る。
この海を見ることは、この先はきっとない。
宇宙船が完成すれば僕たち生き残りは船に乗って星を去る。
遠い、似たような星へ移住するのだ。
そこにもきっと海はあるだろう。
しかしそれはここのように寂れた海ではないだろうし、ガラス片が落ちているような砂浜でもないだろう。
きっともっといい場所だ。
それでも、と僕は思う。
あの子も僕もこの寂れた海が好きだし、ガラス片の落ちている砂浜が好きだ。
ここを離れるのは……
ねー、みてみてー!
あの子が呼んでいる声に気がついて僕は立ち上がり、お尻についているであろう砂を落としながらそちらへ向かう。
歩く度に靴が砂浜に沈む音がする。
あの子のもとに近づくと、右手を広げてそこに乗っている物を僕に見せつけた。
このシーグラス、宇宙船にもっていってもいいかなー?
赤、黄色、水色に白色。
歩きながら拾っていたようで、七つほどがその右手に乗っている。
うん、これくらいなら持っていっても大丈夫だよ
きっと、ね
そっかぁー、じゃあもっと拾って集めよーかなぁ
のんびりとした口調でそう言ったけれど、あの子はもう満足したようで靴を脱いだ場所へ戻っていった。
あの子を目で追いながら僕はきっと忘れてしまうであろう、この海の音を聞いていた。
宇宙船が完成したのは、その三日後だった。