【白影荘の住人】煙夫人-2/3
40分後、脱水層から洗濯物を取り込んで部屋に戻って服をたたんでいた。
あの脱水層、脱水しているだけなのにどうしてこんなに服がふわふわになって乾ききった状態で出てくるんだろう。
まるで乾燥機じゃないかと思いながら箪笥に服を戻して、部屋の空気を入れ替えようと窓を開ける。
まだ完全に春ってわけではないけれど、心地いい風が部屋に吹き込む。
目を閉じて外の空気を肺いっぱいに吸い込む。
「……ぅ?!」
何かが焼け焦げたような嫌な感じの匂いが鼻をかすめた。
いぶかしんで目を開けると、もくもくと黒に近い灰色の煙が下したから上がって来るではないか。
この下、つまり102号室。
煙夫人の部屋で何かが起こってるのだろうか。
ベランダから身を乗り出して下を確認してみても、煙が上がって来るばかりで何も見えはしない。
それにこんなに煙が上がってきているのに、警報機のひとつも鳴りはしないのはおかしい。
もしかして煙夫人の部屋は警報機まで壊れているのだろうか。
何かが起こっているに違いないと僕は思って、急いで煙夫人のいる102号室へと向かった。
「煙夫人!大丈夫ですか?!」
インターホンは壊れているので、ガンガンと扉を叩きながら中にいるはずの煙夫人に呼びかける。
「煙夫人!開けてください!!」
「あぁもう、なんだいうるさいねぇ……」
扉が開くと同時に大量の煙が煙夫人と一緒に中から出てきた。
煙夫人は本当に面倒くさそうに僕を見ている。
「ちょ、この煙一体何なんですか?!部屋の中で火事でも起こってるんですか!?」
咳き込みながら顔にかかる煙を手で払う。
そんな僕を見て煙夫人は、あぁ、と何かを納得したようで見た方が早いからと煙が立ち込めている部屋の中に僕を招待した。
「こっちだよ、こっち」
声を頼りに煙夫人の部屋の中に恐る恐る踏み込んでいく。
外ではあんなに煙たくてうっとおしかった煙で部屋の中は満たされているのに、不思議なことに今は全く煙たくはなかった。
徐々に目も慣れてきて、煙夫人が部屋の真ん中あたりで何かを前にして座っているのが見えた。
「それ……七輪、ですか?」
「あぁ、見ての通り七輪だよ。これで植物の葉っぱを焼いて、煙を出してるんだよ」
「え、じゃあわざとこれ……煙を出してるってことですか?!」
「わざと、というわけでもないんだけどねぇ」
煙夫人はゆったりとした口調で話す。
「いやね、最近ちゃんと食事を取ってなかったもんでねぇ。煙管だけじゃあどうにもお腹が減って頭も回らなくなってきちまったんで、七輪でちゃんとした量の食事を取ろうと思ったのさ」
ま、随分湿気ってたけどね、とバツの悪そうに呟いた。
煙夫人はお腹が空いたので七輪で葉っぱを焼いて食事をとろうとしたと言ったが、葉っぱを焼いても煙が出てくるだけで食べ物が出てくるわけではない。
煙夫人が何を言っているのか、正直、わけがわからない。
「いや、葉っぱを焼いても焦げるだけじゃないですか。しかも野菜とかじゃないですよねこれ。雑草……これ食べれるんですか?」
「流石に雑草はアタシでも食べられないねぇ」
「じゃあ」
「アタシの主食はね、煙なのさ」
「は?」
「まぁ、昔は霞だったんだけどねぇ」
遠い目をして煙夫人はそう言った。
【煙夫人3/3へ続く】