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無駄な祈り

あの子が家に転がり込むようにやって来たのは、春先なのに夏みたいに暑い日の夕方だった。

確か開口一番、すごく汚い言葉で自分の住んでいるアパートの住民のことを罵っていた。

そしてしばらくここに置いてくれと言うので、そのようにしていたのだ。

気が付けば我が家に居ついて早三年。

最初から自分の家のようにあの子はのびのび過ごしていたけれど、相変わらずそのまま奔放に過ごしている。

借りてきた猫と言う言葉があったと思うのだが、あの子にはそれは当てはまらなかったようだ。

普通は気兼ねして一週間、いやせめて三日くらい大人しくしているともうのだが。

もともとそんなに気を使わない関係だったわけではないので、やはりあの子が特殊な人間だったということだろう。

そういえばなぜ私の家にしたのか訊いてみたのだが、その理由があの子の家から一番近かったから、というものだった。

そんな理由で選ばれて、しかも三年も居つかれてしまうとはなんとも言い難い。

私が甘すぎるのだろうか。

それともあの子が天才的に誰かに寄生する能力が高いだけなのだろうか。

こつこつと音がしたので窓に目を向けると、ちょうど雨が降って来たところだった。

薄暗い雲がずっと先まで続いているので、しばらく雨が止むことはないだろう。

そのままぼけーっと雨を眺めながら、あの子がまだ帰っていないことが頭に過る。

そういえば珍しくご機嫌で出かけて行ったけれど、その手に傘はなく鞄の中に折り畳み傘をしのばせるようなタイプでもない。

さすがにずぶ濡れで帰って来ることはないだろうから、きっとどこかで雨宿りでもしているだろう。

そうであってもらわなければ、我が家が水浸しになってしまう。

別件で廊下がずぶ濡れになったことがあり、その時に二度と拭き掃除はしたくないと思ったので、頼むからずぶ濡れで帰って来るなと祈る。

神様も仏様も信じてないけど、とりあえず祈る。


雨が降り出してから数十分後、恐ろしいことに玄関のドアが開く音が聞こえた。

まさかと思って玄関に向かうと、あの子がずぶ濡れで立っているではないか。

靴を脱ぐ前に駆けつけることが出来たので、タオルを持ってくるまで絶対に動くな廊下に上がったら追い出すと言い聞かせ、壊滅的なまでに廊下を濡らさずに済んだ。

多少の濡れは目をつぶったが、絶対にあの子自身に拭かせてやる。

しかしあの子は風呂に入ってしまい、上がるのを悠長に待っていたら廊下の水が干上がるしフローリングがふやけそうである。


しぶしぶ雑巾を取って廊下に戻ると、転々と小さな水がそこにある。

忌々しい……

私は奥歯を噛みしめながら廊下を拭く。

そして神様も仏様も信じてないのに祈ったせいか等と考えていた。



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