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イエゴモリ


家でダラダラしていると思い出す祖母の言葉がある。



家の中でなーんにもしないでいるとね

あんたいつかイエゴモリになっちまうよ



祖母はあまり口がよくないから、母は嫌っていた。

極力会わないように、会いに行かないようにあたしたちを育てた。

イエゴモリってなに、とあたしが聞くと祖母は急に耳が遠くなったかのように無視をする。

結局、祖母からイエゴモリがなんなのか聞くことは出来なかった。

祖母は数年前に他界して、もうこの世にはいない。

かといって、母にイエゴモリのことを聞くつもりはない。

母は祖母を嫌っていたし、父に至っては何十年か前に離婚しているので聞きようがない。

というよりも、父は祖母のことをよく知らないだろうから聞いても無駄だろうと思っている。

そもそも家に寄り付かない父の顔を、あたしは既に思い出すことが出来ない。

ごろりとリビングのカーペットの上を転がる。

窓から午後の太陽光が入り込んで顔に当たる。

あっつ……

もう冬だというのに、太陽の光というのはどうしてこうも暖かさを失わないのだろう。

顔に手を当てて光を遮る。

ついでに目を瞑る。




そんなふうにね

家のことをなーんもしないで

だらだら寝転がってると

イエゴモリになっちまうよ

イエゴモリがあんたを連れてっちまうよ




連れて行く……たしかそんなことも言ってたっけ

祖母の話はいつもころころと変わる。

付け足されたり、減っていたり、結局なにが本当のことなのかわからない。

なんだか疲れたな……

そっと目を開けると、何かが天井からあたしを見下ろしていた。

え、……なに

驚いて上半身を起こすも視線は天井から動かさない。

それはぬるりと天井から降りてあたしの目の前に降り立つ。

形はあるけど、透明というか、ぬめぬめしてそうというか、ぷにぷにしてそうというか。

なんと言い表せばいいのかわからない何かがあたしを見ている。

目のようなものはないので、本当に見ているのかはわからない。

でもなんといか、見られているような気がすごくする。

あたしはどこを見るべきなのかわからず、とにかく動かずにじっと何かが見終わるのを待つ。

しかし、一向に終わりそうにない。

逃げた方が良いのかと考えたが、家の中にいるのに逃げるとはおかしな話だと思い、あたしはまたカーペットに上半身を戻した。

すると何かも同じようにカーペットに横たわる。

しかもあたしの真横に。

驚きはしたけれど嫌な感じはしないので、何かはそのまま放っておくことにした。

太陽光が体をぽかぽかと温めてくれるおかげで、だんだん眠たくなってきた。

ぬぁっ……!

……!

右に寝返りを打つと何かに思いっきり体をぶつけてしまった。

どうしてか何かも驚いているように思え、慌ててごめんと謝る。

何かは一度大きく震えると、何事もなかったかのようにまた横になった。

謝罪が伝わったと解釈し、あたしももう一度横になる。

スライムっぽいのかと思ったら意外と弾力があったな、とそんなことを考えながら目を閉じる。



……イエゴモリ、イッショ

いえごもり?

ソウ、イエゴモリ、イツモ、イッショ

重い瞼を持ち上げて何かを見つめる。

そう、あなた、イエゴモリなの

本当にいたんだね

イル、イツモ、ミテル

そっか



あたしは瞼を持ち上げ続けることが億劫になったので、それを止めた。

眠りに落ちる瞬間、イエゴモリが寄り掛かって来たような気がした。



目を覚ますとイエゴモリの姿は横にも天井にもなかった。

ただ、あたしはその日から寝つきも夢見も良くなった。

誰かの寝つきや夢見を良くできるのであれば、あたしはイエゴモリになってもいいかなと今度祖母のお墓参りに行くときに伝えようと思う。


どうやってイエゴモリになるのかは、わからないけれど。






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