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深夜の家出


天候は良好。

旅立つには絶好の日。

それは間違いない、間違いのないことだ。

問題は両親に見つからないかどうか。

そっと窓からベッドの方へ引き返す。

そこには必要そうなものを全て詰め込んで、パンパンに膨らんでいるリュックがひとつ置かれている。

両親は二時間前にもう寝ているはずだ。

自分以外は誰も起きていない。

そう言い聞かせているものの、もう一時間程待つことに決めた。

失敗したらまた地下に閉じ込められる。

今度こそ上手くいく、そうに決まっているし、そうでなければ困る。

それじゃなくとも両親のせいで三年は無駄に過ごしているのだ。

三年前、自身に起きたことを思い出す。



いつものように家族全員で協会に行き、帰っている途中の出来事だ。

自分の掌から小さな青い炎が噴き出して、消えることなく掌の上で燃え続けていた。

家族全員がパニックになったとき、現れたのがあの人だ。

あの人は燃え続ける炎に、僕自身に躊躇することなく向かってきて、そっと自分の手を重ねた。

すると不思議なことに炎は消えて、僕の掌にはやけどの跡すらなかった。

あんなにひどく燃えていたというのに、どうしてと家族全員がまだパニックの中にいた。

そんな僕たちを見てあの人は何事もなかったかのように告げる。

この子には旅人の素質がある、と。

その日は、あの人と共に母親とともに協会に引き返して何が起きたのか、旅人とはどういったものなのかという説明を受けた。

旅人は重要な職業ではあるけれど、死の危険と隣り合わせだということ、旅人の素質を持つ者は限られているということ等いろいろ聞かされた。

僕自身はそのときからずっと旅人になると思い込んで生きてきたし、その思いは今でも変わらない。

ただ当然ながら母親は反対し、その勢いに父親も負けてしまい両親揃って反対ということになった。

しかし僕は旅人になることを目標として過ごし、旅人になるための訓練を受けようと協会に毎日通い続けた。

そして協会の人から本格的に旅人になるための訓練を受けたいのなら、中央に連れて行くから長月の満月の次の日に朝日が昇るまでに協会に来なさいと告げられた。

もちろん僕は両親にそのことを言わなかったが両親の、特に母親の勘というものは恐ろしい。

なぜか出かけようとした瞬間に現れ、家出のような姿を目にした瞬間に激昂し僕を地下に閉じ込める。

そして僕は間に合わず、旅人の訓練を受けに行けない。

そんなことを三年もしている。



僕は三年、無駄にした。

思えば、全て良い子ぶって玄関から出ようとしたのが間違いだったのだ。

だから今回は窓から出て行くことにした。

それから、もし邪魔してきたら家族だって関係ない。

僕の炎の力を使って足止めするし、怪我をさせるのだって厭わない。

僕はもうここから出て行くと決めたのだ。

そろそろだな……

そっと窓を開けてロープを下に垂らす。

キィっと後ろの扉が開いたので、反射的に振り返ると妹が不安そうな顔をして立っている。

お兄ちゃん、やっぱりいくの?

……ああ、僕はもうここには居られない

決めたんだ、自分で

そう言い切って妹に背を向けロープに手をかける。


ばいばい、お兄ちゃん


ロープを使って地面に着いたとき、そんな妹の声を聞いた気がする。

教会へ向かう前にそっと開け放った窓を見たけれど、妹の姿はそこにはなかった。

さよなら

呟き、急いで教会へ向かう。


道中、両親が追いかけて来ないことを祈りながら僕は走った。






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