18.44(3)

「高井、お前、ヤマナカファイターズの高井だな」

久しぶりの新入部員で、みんなが興奮している所に、聡がそう言った。

「え、もしかして、ヤマナカって…」

皆、小学生の頃から野球をやってきた連中だ。名の知れた少年野球チームが隣りの街にあることは知っている。ただ、中学の頃に、聡に誘われて野球をやり始めた俺とは高井を見る温度差が違う。俺は、期待の眼差しを向けるメンバーとは、真逆に足元がぐらついたのが分かった。聡の目が違う気がするからだ。俺の球を受けたあの時より、本気の色をしている。

「あ、はい。ナカヤマには6年間在籍してました。」

おお!と部員たちの歓声が上がる。すげぇじゃんお前!とか、これから頼むぞ?とか、手荒な歓迎を受けながら高井が笑う。その顔は自信に充ち溢れていて俺には眩しい。きゅ、と野球帽をかぶり直して、ちょっと走ってくるわ、と隣にいた奴に声を掛けた。さすがエースは違うね!と軽口を叩くヤツに上辺だけで笑い返した。高井の目が俺の背中に焼き付く、みなくても分かる。エースナンバーと呼ばれる「1」を俺がしょっているからだ。

「和希、走るのはいいけどちゃんと、水分取れよ?」

聡が、ストレッチを始めた俺に声を掛けて来た。わかってるよ、お前は母ちゃんか、とか何とか言い返し俺は走り出した。その背中に高井が聡に声をかけるのが刺さる。金森先輩、すごいキャッチャーなんだって、ヤマナカにいた頃、先輩に聞きました。俺の球受けてみてくれませんか?高井の言葉に、耳がわんわんして、聡がなんて答えたのか分からなかった。緩く走ろうとすればするほど、ストロークは狭くなる。まるで、負け犬が、さかさかと逃げ出したみたいに、俺はグラウンドを後にした。

30分、走った。俺にも意地がある。ヤマナカファイターズだかなんだか知らないが、聡とバッテリーを組んで約2年が経つ。2人でトレーニングのメニューを考えたり、ぶつかり合いながらも互いに支え合ってきた。高井に、エースの座は譲れない。譲りたくない。聡が受けていいのは俺の投げる球だけだ。

そう思いなおし、ゆっくり息を整えて、グラウンドに戻った俺の目に飛び込んできたのは、聡が、高井の球を受けてやっている姿だった。

「ナイスボール!なかなかやるじゃん」

他の部員達がはやしたてる中、聡の手元の前でぐん、と伸びた球がミットにおさまる。その音が重い。スピードや、コントロールだけじゃなく高井の体重が掛かっていて球が重いんだ。聡は高井にボールを返しながら声をかける。

「少し外角にはみ出る癖があるな」

俺には言わない、聡はそんな事。いつも、少しだけ、くい、と内角にミットを動かし、破顔してボールを投げ返す。いい調子だぞ!和希って。

俺には一言も。



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