18.44(1)

朝靄が立ちこめる母校。俺はこの春、無事に高校を卒業した。古ぼけた壁の校舎、あまり手入れのされていないプール、今はネットが仕舞われているテニスコート、ゆっくりと眺めるグランドに、だけど野球の防球ネットは無い。いや、無くなったのだ。俺の通っていた高校の野球部は名ばかりのような物で、試合をしてもそうパッとした成績を収められず、甲子園なんて夢のまた夢だった。町費やOBの寄付で細々と賄ってきたが、それも廃れていくこの町にとっては、ただのお荷物に過ぎす、とうとう、俺達三年生が卒業を機に廃部になった。元々、田舎町で賑やかになるとしたら山車と縁日が出る祭りぐらいの小さな小さな町だ、金なんかある訳が無い。

窮屈で、お節介で、退屈な狭い箱。

俺は、この町があまり好きになれなかった。

そんな俺でも、ピッチャーマウンドに立つ時だけは違っていた。いくら授業中、窓の外をぼんやり眺めていても、居眠りこいて担任に軽く叩かれても、昼飯食って、適当に掃除しても、部活になると背中に一本、筋が通った。球を握り、前かがみになり、膝を曲げて見つめる先にはアイツがいたからだ。俺の女房。キャッチャーって奴。アイツは、金森聡は、どんな球を投げても受け止めてやるぞ、って目をして俺を見る。チンたら投げると、物凄い勢いで返球してくるのがおっかない。無言の抗議ってやつだ。あんまり喋らないくせにそういうとこだけ、痛いとこを突いてくる。

俺のテンションの高低差をお見通しなのが少し気に入らないが、聡のミットは必ず俺の球を受け止める。どし、と構えて聡のキャッチャーミットが、くいっと内側に入る。俺の球筋が少し外角に行った時のあいつの癖だ。

「走ってるぞー!いい調子だ!」

聡は、良い奴だ。少し嘘つきで。付き合いが長いせいか、俺の気持ちのあげ方をよく分かってる。

俺ん家は親父が早くに亡くなって、幼なじみだった聡の両親がなにくれとなく気にかけてくれた。母さんと俺一人になった我が家を。なんとか高校を出るまでの金は、看護師の母さんの稼ぎと、少額だが親父の保険金で何とかなった。自然と、聡とも幼なじみとも兄弟とも、言えるほど仲が良くなった。同じ歳なのに、兄貴みたいな聡に反発した事もあったけど、口数少なくじっと、見つめられると、もう俺の負けで、意地を張るのもバカバカしくなったりもして、喧嘩も中学の頃からしなくなった。悔しいけど、体格差も出てきたし。

飽きっぽい俺を、野球に引きずり込んだのも聡だ。アイツは小学生の頃から強肩で体育教師に、期待されていたくらいで、中学の体育の授業の後、聡は珍しく興奮したように、お前の球はキレがある、と俺の肩をがしりと掴み揺さぶってきた。

「和希、俺と甲子園にいくぞ」

ほんとに目がキラキラすることなんてあるんだな、と珍しく思いながら俺は、聡がここまでいうなら、と頷いてやった。廃部、と言う結末を迎える事なんてその頃は知らずにいられたんだ。


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