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「許さなくてもいい」~発見も回復もむずかしい 微・毒親×繊細っ子問題
私には自分の子どもが生まれたら伝えてみたい憧れの言葉がありました。
「あなたのことを誇りに思う」
テレビに映るアメリカ人ママたちが、さらっとわが子に言う姿がとてもカッコよく見えて。
「誇りに思うなんて言われたらきっと心が躍っちゃうよね!」
幼かった私は、いつか絶対に、と心に刻みウキウキしたのでした。
それから私は大人になり、わが子と向き合う日々がはじまりました。
子どもが2歳を過ぎて語彙が増えてきたので「大好きだよ」と言おうとしました。
するとなんだかスムーズに出てこないんです。
「誇りに……」なんて心がこもった言葉は声を失ったかのように話せない。
この原因はもしかして
「私が一度も言われたことがないから、うまく言えないのかなぁ……」
と、心の中の細かな傷がうずくような感覚があったのでした。
私はわが子が寂しそうにしていたり荒れたりしていると、すごく不安を感じます。
もしかして、昔の私のように寂しい思いをしてる?
私の機嫌で振り回しちゃってない?
あ!もしや安心できる環境になってない……?
わが子がせっかく「ママ大好き!」と言ってくれるので「ママも!」と素直に言いたいのに言えない。なぜなら
「私も大好きって言われたかった」
と、小さなときの私が隠れて泣いている気がして。
でも、大人の私は冷たく言っちゃうんですよ。
「子どもの頃のことなんだから割り切りなよ。そんな面倒なこと考えていると嫌われちゃうよ」
って。
違和感
親との間にわだかまりがあると感じたのは高校を卒業したあたりでした。
でも当時は
「3人兄弟で、母は姉と父は弟とくっついていたから、私は余っちゃったんだろうな、自己主張しないタイプだったし」
と、どこの家庭にもあることだと、問題視はしていませんでした。
私が我慢すれば何の問題もなかったから、と思っていたことも影響していたのでしょう。
私の我慢でみんなが笑っているなら、それはいいことのように思っていました。
あれは1人暮らしをはじめて間もない頃。
休みの日、読んでいた小説の中の言葉にハッとさせられたのです。
「親は話を聞いてあげる存在。子どもが親の話を聞くのは精神的に親子が逆転しているってことなんだよ」
母親の愚痴を聞くのは、いつも私の役割でした。
母親は同じことを何度もいい、私は毎回同じ相槌をうち話を盛り上げたことを思い出した。
本を持つ手がじっとりと汗ばんでいました。
「あれは逆転現象だったんだ、母親は……私に甘えていたんだ」
私は母の話を聞くのに、彼女に悩みを打ち明けじっくりきいてもらった記憶がなどない。
友達と話をしているときも、相槌を打ったり突っ込みしかいれられない。
きちんと聞いてもらったことがないから。
そう思うと、私の自信のなさや自己評価の厳しさ、自己肯定感の低さの原因の一端は両親にあるのだろう。
認めたくなかった。
私は子どもらしい子ども時代を過ごせなかったのかもしれない、ということを。
そして、私自身にも特徴的な側面があったのです。
いわゆる繊細な感覚の持ち主でした。
大人になってから気づいたのですが、どうやら人よりも『考えすぎ』で『気を遣いすぎ』で『自分を否定』しやすい傾向にあるらしい。
話を聞いてもらいたい親と、気を遣い過ぎる私。
きっと、変に相性がよかったのでしょうね。
両親は悪い人達じゃない。
キャンプに連れて行ってくれたり、遊園地に連れて行ってくれたり楽しかった思い出はたくさんあるんです。
それでも、「私」という人間を見つめてもらえず苦しかった。
うやむやにしていた『傷』がいい加減気づけとばかりに、ズキズキと痛みだしたのでした。
私が許さないといけないらしい
自分に自信がない私がまず考えたことは、母親にも何か理由があったのだろうということでした。
・3人の子をワンオペで育てて大変だったよね。父は母に家のことをまかせっきりだったから。
・1人の時間がなくて苦しかったよね。
・義理の実家も近くにあって干渉されて嫌だったろうね。
仕方ないよね、と思える理由をいくつか考えてみたのですが、気分はまったく晴れませんでした。
母親を理解しようと努力するたびに、ちっちゃい頃の私の声が聞こえて。
「一度も抱きしめてもらった記憶がないのに、彼女の気持ちは理解しなくちゃいけないの?なぁんか不平等だよね」
どうにも胸の中がモヤモヤしてたまらない。
母親を理解する方法では納得できない。
でも、放っておいても痛むしなかったことにもできず、「そんなこともあったなぁ」くらいに思えるようになりたいと思うように。
そこに現れた壁。
「そもそも、受け入れるって何なんだ?」
「受け入れましたよー」って言えばいいの?
そんなわけはないのですが、何がどうなって「受け入れる」ことになるのかさっぱりわかりません。
分からないなら調べるしかない。精神医学や心理の本、毒親に関する本を読み漁りました。でもその中でムッとするワードが出てきたんです。
それは、
「相手を許しましょう。それが過去を受け入れ楽になる方法です」
「私が許さなくちゃいけないの? 軽く被害者なのに?」
楽になる方法だと科学的に実証されていても、私には賛成できない。
「自分を見てもらった覚えがなくて苦しんでいるのに、どうして母親の行動を許さなくてはいけない?彼女は私の努力の成果を自分の努力の結晶ようにまわりに言っていた。体裁ばっかり気にして、私のことなんてまるで気にしていなかったじゃん!!」
途中で読むのをやめることもしばしばありました。
話し合えたらよかったのに
本当は、母親と話し合いたいと思っていたんです。
でも、できませんでした。
母親は私より弱いと知ってしまったから。
彼女は、強烈なセリフを私にむかって平気で言うのに、私からの些細な嫌味をいつまでも覚えていました。
「あの時は傷ついた」って言われて。
罪悪感を引き出すのがうまいなとさえ思いましたね。
自分がこれ以上傷つかないためにも、母親と和解する以外の方法で、自分の気持ちを楽にしなきゃいけないと思ったんです。
とはいえ、いい方法は見つからずいつまで経っても『許せない』未熟な自分をセルフで傷つけてしまう日々がつづいてしまいました。
大人になったらもっと流れるように生きていけると思ったのに
ある日の仕事中、他人のヒソヒソ声に「私の噂?」と過度に気にするようになりました。
後になってまったく関係ない話をしていると分かったときは、愕然としましたね。
どれだけ自意識過剰なんだよ、と顔から火が出る思いでした。
穴があったら入って二度と出てきたくないくらいに。
また別の時には
「ね~○○さんが言ってたんだけどさ~」
と話題を振られると
もしかして何か誉め言葉かな?とそわそわすることがありました。
承認欲求が強すぎて戸惑う。
どうしてこんなに『認められたい』のか。
私は大人になっても自分で自分を認められず、自分の機嫌を取ることもままならないんだ。
感情のコントロールがきかない自分を罵り続けていました。
こんな私を救いあげてくれたのは夫でした。
本を読んでいるだけで私を努力家だと褒め、自信がまるでなかった料理をおいしい言いと全部平らげてくれた。
「電話してくれてありがとう」
「会いに来てくれてありがとう」
当然のこと、一つひとつにお礼を言うです。
こんなに喜んでもらえたこともないものですから、「大げさな人だなぁ」と思いつつも悪い気はしません。
私自身にも価値があるのだという言葉をシャワーのように浴びせてくれたおかげで、「私を好いてくれる人もいるんだ」と信じられるようになりました。
夫の実家の人たちも、何もしなくても私を褒めてくれる。
「あなたがそばにいてくれたおかげで息子が変わったのよ~」って。
息子さんががんばったからだよと義父母に言っても
「いや!そんなことない!本当にありがたいわぁ~」って。
いいことは「ありがたい」と素直に言い認めあう心地よさをはじめて知りました。
あぁ……こういう考え方もあったんだ。
彼との出会いで閉鎖的だった心が、どんどん風通しがよくなっていくのを感じたのです。
友達にも「なんか性格が丸くなったね」と言われるようになりました。
ダメなやつじゃなかった
その後私たちは結婚し、2人の娘に恵まれました。
母親はさも当然のように孫たちをかわいがって。その様子が私の古傷をチクチク刺激するんですよね。
「孫ちゃんは本当にすごいね!お手伝いもできてえらい!」
おやおや、お母さん、私にそんな愛情たっぷりなセリフ言ってくれたことないですよ?
夫のおかげで刺々しさがかなり抜けたものの、心の中で皮肉を言うのをやめられない。母親の言葉にいちいち動揺せず、流せるようになりたいと願うようになりました。
そんなときに出会ったのが心理カウンセラーのPoche(@Poche77085714)さんのX(旧:Twitter)でした。
「許さなくていいんです、あなたが辛く思ったのは事実なんですから」
彼女のポストが流れてきた瞬間、視線が吸い込まれていくようでした。
あぁ……許さなくてもいいんだ。
私は親を尊敬できず感謝もできないダメなやつじゃないんだ。
ほしい言葉に出会って目の前がひらける感じをはじめて体感しました。
普通の親子になりたかった。
こころの中で醜い気持ちになっているのが辛かった。
でも、「私をみてほしかった」がどうしても消せなかった。
自分が思っていることを否定しなくていい。
それが私自身で感じていることなんだから。
「許さなくてはいけない」の檻からようやく解放されたような気持ちになりました。
今でも辛くなるとPocheさんの本を読み返しています。
やさしい言葉の数々に感謝です。
母親から一人のひとへ
「あのとき、私は辛かったんだ」と自身の気持ちを認めると、彼女が『母親』というフィルターからはずれて一人の人間に見えたような気がしました。
この人もプレッシャーを感じていたのかもしれない。
どうでもいいときは素直なくせに、子どもにとって大事なときに守りに入っちゃう人だよねw
厳しく接するんじゃなくて、素直に愛を伝えるのも重要な親の仕事だったと思うよ?
口には出さなかったけれど、母親をまっすぐ見て思ったんです。
「あなたもだいぶ不器用な人だったんだね」
実は、去年の夏あたりからわが子の気持ちが落ち着かず、中間反抗期を迎え大暴れをしています。
毎日のように体当たりで理解し合おうとしていますが、「子育てって大変だ」をリアルに実感中。
あれは、長女の不機嫌のもとだった学習発表会が無事に終わったあとのことでした。気が抜けたのか長女が熱を出し学校を休みました。
学校から帰ってきたら「うるせー!」だの「~だっていってんだろうが!」だの生意気なことを言っていたくせに、同じ口から「なでなでして……」とかわいいことを言うのだから、困ったものです。
冷却シートをおでこに貼ってDVDを見ている長女に
「いつもより穏やかだね」
と、言うと
「えー?」
と、私がそばにいて嬉しいのか、憮然とした表情をしながらも口元だけ笑っていて天邪鬼だなぁと愛しく思いました。
―――今なら言えるかもしれない。
「昨日の発表会、立派だったね。お母さんあなたを誇りに思うよ」
「誇り?」
「そう、あなたが私の娘で本当に良かったってこと」
長女はパッと目を見開いて私を見据えて
「うれしー!」
と、小躍りしていました。
あぁ……この子はうれしいんだ。
心が震えるってこういうことかと思いました。
私は母親とはうまくいかなかった。
娘に「大好きだ」と一言つたえるだけでも乗り越えなきゃいけない壁があった。
面倒な人間でごめんよ。
でも、私の娘に生まれたことを嬉しいと思ってくれるんだね。
お母さん、ようやくあなたに言いたかったことを言えてうれしいよ。
そんな風に考えていると、私の中の幼い自分が目を細めて楽しそうに笑った気がしたんですよね。
「乗り越えたんじゃない?」
彼女のさわやかに笑う声につられて、私の胸にも穏やかな空気が広がった。
「どうだろうね、でも前よりずいぶん楽になったよね」
私はすっと腕を広げ、娘と一緒に幼い私もぎゅーっと抱きしめた。
はじけるような笑い声に、一足早く春の日差しを浴びているような気持ちになれたのでした。
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