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父はトランス男性だけどそんな事はもう、どうでもいい事かもしれない

僕は娘達の母と入籍、そして娘達と養子縁組し父になった。我が家はステップファミリー。

娘達がまだ小さい頃、付き合ってもいない時に娘達は僕の事を「大人の友達」と言っていた。

上の子は本が好きで、物語を作っては読ませてくれ、下の子はいつも僕の体のどこかに乗っていた。
テレビCMの真似したり、歌ったり、踊ったり。何かあるたびに◯◯の会といって、司会進行しながら「会」が開かれた。

娘達の母と付き合うようになってからは、家で過ごす事も増えた。
家に行くと「大人の"私"の友達」が来たと思ってるのか、遊び、ご飯、お風呂、寝るまでずっと近くにいた。

特に下の子は甘えるのがうまく、いつも「◯◯してー」と、ねだっていた。おかげで僕はいつのまにか長い髪をシャンプーをしたり乾かしたりするのが得意になった。
そして、僕の膝の上でご飯を食べていた子が気がつけば僕の膝の上に乗れば僕より大きくなっていた。

娘達の母と僕は休みも合わず常に忙しく日々追われていたが、たまにある夜の団欒が「子供がいる家族ってこういう感じなんかな?」と思わせた。

ある夏に4人でキャンプに行った。
キャンプといっても、冷暖房付きのバンガローを借り、ジャグジーバス付きの贅沢なキャンプ。

そこでバーベキューや花火した後、部屋でゆっくりしていた時に、子供達が突然「結婚して!」と言ってきた。

僕達は子供達を常に最優先に考えていた。入籍も子供達が良ければするし、嫌がれば結婚もしないと話し合っていた。
それが子供達からそんな事言われたもので、僕達はその時に入籍を決めた。

慣れる為に週に2日くらいから泊まり始め、少しずつ僕の物を持ってきた。入籍する時期は子供の学年末にしよう。苗字は僕が変えれば子供達は名前変えなくてすむと思い妻の籍に入ろう。結婚式は夏休みにしよう。

子供達の学校行事に参加しよう。先生との個人面談も積極的に行こう。ステップファミリーの事を誰かに何か言われても他の誰かに助けてもらえる様に、たくさんの人と関わろうとした。

僕達は出来るだけ子供に負担かけないやり方で家族になろうとたくさん話し合ってきた。
その一つに僕がトランス男性のこともあったが、それは僕が「説明できるようになったら」と、そう考えていたが、上の子が18歳になる今もまだ言えない。

妻は、もう言わなくていいんじゃない?という思いもあり、万が一僕より妻が先に逝ってしまい、僕が介護される様になった時に言えばいいじゃない?と。

ふふ。
もう、そんなことはどうでもよくなってきたみたいだ。


そんなわけで、僕は妻より先に死にたいし、娘達にカミングアウトしないかもしれない。
もしかしたら、明日カミングアウトするかもしれない。いや、何かの拍子にバレるかもしれない。

まだ、現実味がない。

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