想いを包む
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「美涼ちゃん、あがる前にカットしたペーパーを片付けておいてね」
作業台の上に残った、ラッピングペーパーの切れ端をわたしは指さした。
「出た! さくらの千里眼!」
同期のくるみが冗談っぽく言う。紙の切り口や折り方で、誰がラッピングしたかが分かるのは、どうも特別に見えるらしい。
「ホント、よく分るよねぇ。わたしはリボンの結び方でも分からないや」
「リボンは一番個性が出るよね。逆にリボンでも分からない、くるみの方が不思議だよ」
「うっさい!」
くるみとこんな軽口を言い合えるのも今日が最後。四年間バイトを続けたこの店の最終シフト。今日、わたしはこの店を辞める。
--*--
もともと手先は器用だった。高校生になったころ、母が好きなビーズアクセサリーを一緒に作るようになって、あっという間に母より上手になった。大学に合格し、何かバイトがないかと、スマホをスクロールしたときに見つけたのが今のお店だ。
『わたしたちと一緒に 想いを包みませんか?』
ラッピング専門店の求人広告。Webサイト上の美しい写真たち。店内のカラフルな包装紙に目を奪われ、美しいリボンに心が躍った。すぐさま応募フォームに記入して送信ボタンを押した。
面接の日、店長の柏木さんに質問された。
「うち、時給安いじゃない? どうして応募したの?」
「あっ、すいません。時給見てませんでした! いくらですか……?」
柏木さんの笑い声がバックヤードに響く。
「ねぇ、くるみちゃん。この子、あなたの同期になるから仲良くしてね」
くるみは私の一週間前にバイトを始めた同い年のフリーターだった。その日は会釈だけして言葉は交わさなかった。
--*--
「初めて事務所で会った日、わたしのことどう思った?」
作業台に並んでラッピングするくるみに質問する。今まで数えきれないほど、こうして二人で作業した。閉店まであと30分、多分これが一緒に包む最後のラッピングだ。
「まじめそうな子だな 、かな?」
「ほかには?」
「この子とは仲良くなれないかも? とか」
「うわっ、ひどい」
「わたしの第一印象があてにならないの知ってるでしょ?」
「なにがきっかけで仲良くなったんだっけ?」
「なんだっけねぇ……」
懐かしい写真を見つけたように、ふふっと笑いながら、くるみがリボンをカールさせる。リボンをやらせたら、くるみがこの店で一番うまい。左右のバランスが完璧な、ほどくのをためらうほど美しいリボン。わたしは、まるでリボンが躍るように結ばれていく様を、目に焼き付けるように見ていた。
「ありがとうございました」
くるみと二人、声を揃えてお客様を見送った。閉店まであと10分。ラッピングのオーダーは閉店20分前で締めきっている。このあとはグリーティングカードやラッピングセットを購入するお客様の対応をするだけだ。わたしがこの店でラッピングをすることは、もうない。
--*--
シャッターを閉め、店内の掃除をし、発注伝票のチェックをしてレジを締める。最終日でもいつもどおり、わたしは淡々と作業をこなしていく。
「柏木さん、レジ合いました」
「さくらちゃん、お疲れ様。今まで本当にありがとうね」
深々とあたまを下げる柏木さんに、こちらこそと、わたしは笑顔で挨拶した。高校の卒業式もそうだったけど、わたしはこういう場面で涙が出ない。さくらはサバサバしてるよね、と言われることも多いし自分でもそう思う。
「こんなご時世じゃなければ、盛大に送別会をするとこなんだけど……。ごめんなさいね」
「いえいえ、今は仕方ないですよ。マスクなしで会える日がきたら、ぱ~~っとやりましょうね!」
柏木さんの隣に立つ、くるみと目が合う。
「じゃあね」
「……うん、じゃあ」
くるみもわたしと同じでサッパリした性格だ。だから、わたしたちは気が合ったのだと思う。
いよいよ、このお店ともさよならだ。事務所の扉を開け、外に出ようとしたとき、柏木さんに呼び止められた。
「これは、お礼のプレゼント。お家に帰ったらゆっくり開けてね」
--*--
大学まで徒歩12分。西向き築15年、4年間暮らしたワンルームマンション。この部屋にいられるのも、卒業式までの僅か数日だ。玄関を開け、マスクを外し手を洗う。先月買ったお気に入りのルームウェアに着替えて、さっそくプレゼントの箱を開ける準備をした。
小さなローテーブルから、はみ出すほど大きなプレゼントの箱は見かけより軽い。丁寧にリボンをほどく。このリボンの結び方は間違いなく柏木さんだ。どんなプレゼントを選んでくれたのだろう? ワクワクが止まらない。
「えっ? 久美ちゃん!?」
ラッピングを開けると、一回り小さい箱が現れた。基本に忠実なピシリとした折り目は、間違いなく久美ちゃんのものだ。バイトを始めて1ヶ月だけど、即戦力になった期待の新人。もしかして……と思う。
予想は的中した。久美ちゃんの次は、ミサトさんの箱が現れた。一目みれば、誰がラッピングしたかは分かるもの。和紙の重ね折りが得意なミサトさんの箱を眺めていたら、音もなく涙が溢れてきた。慌ててティッシュで目を押さえる。
ハナちゃん、あかりさん、 美涼ちゃん……。マトリョーシカのように、次から次へと現れるラッピングされた箱。みんなが丁寧に想いを包んでくれた、言葉のない手紙を開けるたびに目が滲んでいく。鼻からも涙が出てきた。ティッシュを取る手が止まらない。みんなと一緒に働いた、楽しかった思い出が次々と頭の中に浮かんでくる。
いつもそうだ。
高校の卒業式だって、学校では平気な顔して笑顔で振る舞って、家に帰ると部屋でひとり泣いていた。泣きながら別れを惜しむ同級生たちの姿が羨ましかった。
「ひと前で泣くのが苦手なんだよね」
バイトの休憩中に漏らしたひとことに、『わたしもだな』と頷いてくれたのがくるみだった。そこから仲良くなったんだ、くるみと。いま、思い出した。
テーブルのわきに、マトリョーシカの箱が積みあがっていく。広げられたラッピングペーパーとリボンでカーペットが埋め尽くされた。お店で働くメンバーは、わたしを入れて11人。つぎは10個めの箱。きっとこれが最後の箱。ラッピングのない、白い小さな箱を開けると、とても小さなメッセージカードが入っていた。
「あぁ…… やっぱり。こんなことを考えるのは、あなたしかいないよね」
クセのある、まるっこい文字を見ながら、わたしは呟いた。なまえが書いてなくても、あなたの文字はすぐに分かるから。
たまらなく溢れ出た涙が、カードの上にボタボタと落ちる。慌ててティッシュで拭き取ろうとして、手から滑り落ちたカードがヒラヒラと舞い、テーブルの上に裏返しに落ちた。
なんでもお見通しなんだね。
小さく添えられた文字にクスっとする。
もう…… エッヘンじゃないよ。いっぱい使ったわたしの鼻セレブ返してよ。
── 素敵な手紙を、ありがとうね
〈了〉
………
こちらの企画への参加作です。なんども推敲しましたが、どうしても応募要項の2000字を切ることができませんでした。選考対象外での参加とさせてもらえたら嬉しいです。
うたさんのもとに届いた、たくさんの手紙たち。気持ちのこもった文章に心が動きます。コンテストに参加されない方も、マガジンを覗きにいかれてはいかがでしょうか? きっと、素敵な手紙と出会えるはずです。
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