好きを仕事にしてツラくないですか?
3年に2回くらい、体感的には毎年誰かに1回は聞かれている気がする。新入社員のオリエンテーションとか、インターン生との懇親会とかで。今年はオンラインの画面越しに聞かれた。
「好きなことを仕事にして、ツラいと思ったことはありませんか?」
「デザインが嫌いになったらイヤだな……と考えてしまうんです」
その時々で、ぼくの返事も変わってきたけど、数年前から同じ答え方をしている。「どんな仕事もツラいですよ。ツラさの質が変わるだけです」。
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趣味は仕事にするな、という言葉をたまに目にするけど、半分ホントだなと思う。好きを仕事にすると、仕事とプライベートの境界が曖昧になる。街を歩いても、テレビを見ても、頭の片隅で無意識に何かデザインに繋げられないかと考えている。前の会社の先輩が、食べ終わったハンバーグのソースを使って、お皿の上でスケッチを描いていた話なんかはその典型。当然、奥様はブチギレて。慌てた先輩は「皿洗う前にスケッチの写真撮ってもいい?」と言って火に油を注いだ逸話が忘れられない。
妻に何回か言われたことがある。高校生のときから目指していたデザイナーになれて、いまでも続けられてるのは幸せだね、と。これは本当にその通りなんだけど。でも、ぼくの苦労を一番近くで見てた妻が言うから納得するのであって。ほかの人から言われたら「いやいやいや、違うんですよ」と反論すると思う。
どんな職業にもいえると思うけど、なる前より、なってからの方が大変だ。言葉を変えれば、努力の量は、学生の頃より社会人になってからの方が何十倍も多い。
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「月見バーガー発売中」という広告を見ると、デザイナー人生で一番ツラかったときを思い出す。
その頃は、週に一度は会社に泊まるのが当たり前。2泊3日の予定が、一週間家に帰れないときもあった。今の時代ではありえないエピソードが、日常だった時代。会社の最寄り駅まで妻が着替えを届けてくれたのは、水曜日だったと思う。次の会議まであと30分、夕方の6時半。着替えを受け取り、会社に戻ろうとするぼくを妻が引き留めた。
「マックなら一緒に食べられるんじゃない?」
季節限定の月見バーガーのポスターを指さしながら言った。駅前のマクドナルドで3日ぶりに一緒の食事をした。そのシーンは、妻とぼくの映画を作るならCMで流すメインカットだ。デザインをすることが一番ツラかった時期。妻がいてくれて良かったと思った日々。このとき質問されたら、ぼくは即答したと思う。
好きを仕事にしない方がいいよ、と。
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二人で食べた月見バーガーから長い時間が過ぎて、あらためて思う。デザイナーを目指していた学生のときより、デザイナーになってからの苦労の方が大きかった。何者が、なにを指すかは人それぞれだけど。何者かになるより、何者かであり続ける方が、はるかに大変だと思う。
ツラさの質が変わっていくだけ。
なるまえも、なったあとも、どちらもツラい。
幸運なことに、ぼくは今もデザインが好きで仕事も続けられている。どうして続けられたのかと、突き詰めて考えると。これも、どの職業にもいえる気がするけれど。
感謝だと思う。
自分の仕事が、誰かに感謝されたとき、「もう少しがんばってみよう」と思える。ツラいときこそ、その感謝の気持ちが前に進む原動力になる。20年以上デザイナーをやってきたけど、それは変わらない。
今年は「月見バーガー」発売30周年らしい。出ては消えての限定メニュー。その中で毎年発売される月見バーガーは、何者かになったメニューと言ってもいい。
「いや~、何者かであり続けるのもツラいんだよ」
そんな独り言を言っているのかな? と思いながらランチタイムにガブリと月見バーガーを食べた。