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ダーカカカアカーカ
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それはいつも 突然にやってくる
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「新山、おまえのことが好きらしいよ」
修学旅行が終わってからずっと、空前の恋愛ブームが中等部の校舎で巻きおこっていた。発端は、旅行の最終日にA組の田辺が綾瀬さんに告白してOKをもらったビッグニュース。綾瀬さんはファンクラブが各学年に存在するほど人気が高いバスケ部のエース。いっぽう田辺は、目立たなくて影が薄い優しいだけが取り柄みたいなヤツだ。
そのニュースは一瞬でオレたち2年生の間に広まり、学校中に知れ渡るのに2日とかからなかった。綾瀬さんの彼氏はどんなヤツだと休み時間に2-Aの教室に行列ができたほど。
それ以来、学校中がソワソワしていて、次のカップルは誰だ? と浮足立っている。さっき声をかけてきた太一みたいに強引にカップルにしようと、けしかけてくるヤツもいる。
「新山ってダンス部の新山?」
「そう! 一年の森山の友達が新山の妹と同じ塾で、その妹の友達から森山が聞いた話だから間違いない!!」
その伝言ゲーム、どう考えても正解が伝わらない無理ゲーじゃないか…。ハイハイと軽くオレは太一をいなした。
「あー、また女嫌いなポーズとってやがる。モテないぞ、それ」
太一が言うことも分かる。言い訳をするとオレは女嫌いなわけじゃない。女子とどう接していいか、わからないだけなんだ。だいたい中2で付き合うって、みんな何してんだろ? 学校から一緒に帰ったり、休みの日にはどこか出かけたりしてんのかな?
そのイメージがまったく湧かない。そもそも、今まで好きな子ができたことがないから、好きという感情が分からない。
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「はーーーい! 静かに!!」
柳先生の声が実習室に響く。今日は午前中を全部使った家庭科実習だ。
「今日は教科書のレシピをアレンジして、甘さ控えめのデザートにしたからお家の人にも作ってあげてくださ~い」
柳先生は教科書通りに授業をしない。校長先生にも注意されたらしいが、自分のスタイルを変えようともしない。だから生徒に人気があるんだ。
「それじゃぁ、各班の記録係は黒板のレシピをノートに写して。それ以外の人は道具の準備。さぁ、始めるよ~!」
実習室が一気に騒がしくなる。
隣の班で太一が片想いをしている吉田さんに話しかけている。
「オヤジが中学生のときは、女子は家庭科、男子は技術って分かれてたんだって。で、家庭科実習がお菓子のときは、好きな男子にこっそりお菓子を渡してたらしいんだ。オレも吉田さんの手作りスイーツ食べたいなぁ」
吉田さんが3年の先輩と付き合ってることを知らないのは、クラスの中で太一だけなのが不憫に思えた。
うちの班の記録係、成瀬さんがレシピの写しを終えて戻ってきた。彼女とは1年生から同じクラスだけど、大人しい子であまり話した記憶がない。ノートを見せてもらうと、丁寧でとても綺麗な字が並んでいる。
ノートの右下。落書きのような不思議な言葉が目に止まった。まるで何かの呪文のようなカタカナが書いてある。
オレの目線に成瀬さんが気がついた。
「あっ、これ? 先生が黒板に書いたレシピを見てたらかわいそうに思って」
「かわいそう?」
「…… 絶対に笑わないでね。ダークココアケーキの中に “カ” がないじゃない?」
「カ?」
今日の実習メニューは、“柳流” ダークココアケーキだ。
「キもクもケもコもいるのに、か行のなかでカだけいないでしょ?」
「…… あっ!」
「かわいそうだから全部カにしてみたの。だから、ダーカカカアカーカ」
成瀬さんが恥ずかしそうに笑った。
14の恋は いつも突然にやってくる
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