聖地で想う密かな夢
国内外に20店舗以上を構える蔦屋書店、一度は足を運んだことがある人も多いのではないでしょうか?
蔦屋書店の一号店が、東京の代官山に誕生したのは今から約10年前の2011年12月5日。
緑に包まれた閑静な住宅街にある広大な敷地。「森の中の図書館」というコンセプトのもと、「大人たちに豊かなライフスタイルを提案する」という今までにない店舗形態が話題になりました。
珈琲の香りがする店内は、本屋というよりは巨大なブックカフェのよう。ゆったりとしたソファに座り、珈琲を飲みながら店舗内の本を好きなだけ読める。まさに夢のような本屋です。
ぼくも仕事終わりに電車で1時間近くかけ、足繁く通ったものです。広大な店舗の中に様々なジャンルが揃う蔦屋書店ですが、一番多く足を運んだのは「デザイン・アート」のコーナーです。初めて見る洋書の写真集やフォントの本。配色やレイアウトに関する指南書やデザイン史まで、ありとあらゆる本がありました。1日中いても時間が足りません。まるで宝の山みたいな本棚の前で、目を輝かせながら新しい本との出会いを楽しんでいました。だから「代官山 蔦屋書店」は、ぼくにとってデザイン本の聖地なんです。
その聖地に、ぼくの初書籍「デザインの言語化」が並んでいました。自分が書いた本が目の前の本棚に並んでいる。とても不思議な気持ちです。2020年、WorkshipMAGAZINEで「デザインの言語化ってなんだろう?」の連載が始まったときも夢見心地でしたが、書籍化は夢を通り越して現実ではない平行世界に紛れこんだ感覚になりました。
書籍化のお話しをいただいたのは去年の夏前。出版社での初打合せのとき、担当編集者の方から「打倒、なるほどデザインの気持ちでがんばりましょう!」と言われました。「はい!」と軽く答えた当時の自分の頭を叩いてやりたいです。
当たり前ですが、本を発売する前に、本を書かなくてはいけません。「自分が書いた本が書店に並ぶのかぁ」とホワホワした気持ちでいたのもつかの間。すぐに不安な気持ちに包まれました。
最後まで書き上げられるだろうか?
今回の書籍は連載記事をベースにしながらも、加筆部分は約二万字。書籍全体の流れを考えながら、テーマに沿って書き足していく必要がありました。ぼくは兼業ライターなので、昼間は本業のデザインの仕事をしています。仕事が終わり、家事をやって、夜の22時くらいからようやく執筆開始です。仕事で疲れた脳のスイッチを入れ直し、深夜までうんうん唸りながら執筆する日々が続きました。
文章と共に図版の見直しも必要です。同じ図版でも、Web上のRGB(画面上の色)と紙のCMYK(印刷の色)では見え方が全く違います。結果として、全ての図版を作り直すことにしました(同じように見える図版もWebと書籍では僅かに違いがあります)。執筆、図版作成、編集の戻しへのコメント、追加執筆、レイアウト調整……。入稿までのメニューは山のようで。ひたひたと近づく締切りと睨めっこの毎日。最後の作業を終えたのは12月の末、クリスマスも終わり街がお正月モードに入ったころでした。
入稿が終わったあとも、本づくりは続きます。色校確認や帯選定、プロモーション施策の打合せなど発売直前まで様々な人が動きます。書籍において、著者の名前が一番前面には出るのですが、そこに至るまでの道のりはチーム全員、九人十脚くらいの併走作業です。
発売日当日は、嬉しいというよりも無事にゴールテープを切れたことに安堵しました。書店に並んだ書影を見て、初めてじんわりと嬉しさがこみ上げてきます。「デザインの言語化」は、ブームに乗り爆発的に売れるという類いの本ではありません。デザイナーを目指す人や若手のデザイナーが、いつか必ず直面する「デザインの言語化」という問題。
・どうすれば自分の意図が伝わるんだろう?
・プレゼンをしても、いまいち手応えがない
・クライアントとの会話が苦手
そんなデザイナーのための〈コミュニケーションの教科書〉を目指しました。太く短くではなく、細く長く読まれる本になってくれたらいいなぁ、と願っています。年間約7万冊の新刊が発行される書籍の世界。書店の本棚も目まぐるしく変わっていきます。そんな中、一年後、代官山の蔦屋書店で再び「デザインの言語化」の書影を見られることを密かに夢見ています。
※記事中の写真は、書店の許可をいただき撮影したものです
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