藍羽放浪記・・・12ページ目【小説】

あれから、20分くらい経っただろうか。
少し落ち着いた僕は、ゆっくりと顔を上げる。
どうやらカウンターに突っ伏してしまっていたらしい。
辺りを見回すと、先程まではカウンターに置いていなかったアロマキャンドルとグラスに入った水が、僕の近くに置かれていた。


(そうだ。夏希は…)

探そうとした僕だったが、探すまでもなく1つ席を開けた隣の席で袋を片付けていた。僕のこの症状自体も慣れたものではあるけど、夏希のその症状に対する手際も慣れている。

(そういえば、カウンセラーにしたんだっけ。この子。)


「あ、落ち着いた?」


まだ少しぼーっとする意識の中、顔を上げた僕に夏希が問いかける。
先程の切羽詰まった雰囲気はなく、和らげな落ち着いた口調といった感じがする。


「まだ少しぼーっとするけど…大丈夫です。」

「そう、それなら良かった…」

心底安心したといった様子の夏希からは、先程までの対応が嘘かのように敵意を感じなくなっていた。
僕がそれ以上思考するよりも早く、夏希が口を開く。


「ごめんねぇ。七月に繋がる手がかりが見つかるかもしれないと思って詰めすぎちゃった…一応お水は出しておいたけど、何か飲みたいものある?」

「あ、それならコーヒーを…」

「ん。おっけぇ〜。ミルクと砂糖は?」

「ない方がいいです。」

「はーい。ちょっと待っててね。」

夏希はそう言うと、カウンターの向こう側へ行きコーヒーを作る準備をする。

タメ口になってる…これは、彼女なりのフレンドリーな方が接しやすいだろうという気遣いなのだろうか。
…はたまた警戒心を解いて何か吐かせてやろうという魂胆なのだろうか…

僕はどうも、人の裏があるのでは無いかと勘繰ってしまう癖がある。が、その直感は大体正しいことが多い。

…と自負している。
しかも相手は「人の心を引き出すプロ」だ。
そう考えてしまうのも無理は無いだろうと、僕は僕の考え方を肯定する。

ほど無くして、夏希がカウンターテーブルの向こうからコーヒーとクッキーを持ってきて、僕の前に置いてくれた。


「お待たせ。良かったらこのクッキーも食べて〜。昨日焼いたんだぁ。」

「あ、その…ありがとう…ございます。」

「…まだぼーっとする?」

「そうですね。まだちょっとぼーっとします…あと、雰囲気変わったなと思って。」

しまった。つい余計なことを言ってしまった。悪い癖だ。

「……あ〜!ごめんなさい、タメ口になってたや…気が付かなかった…」

「.…七月君と似てましたか?」

「あ〜、それはあるかも。七月もよくパニックになってたから、それで色々思い出しちゃったんだと思います。 失礼しました。...というか、話したこと、あるんですね。七月と。」

「いや.…話したことは無いです。」

「…どうしても話せない…?」

「…はい。」

「そっか。まぁいいです。悪い人ではなさそうだし。」

「ごめんなさい。」

「大丈夫ですよぉ〜.……タメ口でもいい?話しにくいや。」

「あ、いいですよ。」

この時本当のことを話せていたらどれだけ.…楽になれただろうか....




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