単独親権だからデッドロック,そして貧困へ
今日は,新たに親子の問題に関する国家賠償請求を集団で提訴するアクションがあるらしい
共同親権へ突き進む勢いは止まらないだろう
ここで,誤解されがちな点について言及しておく
共同親権になったら,重要事項の協議が整わないと,デッドロックを招き,子の福祉を害しかねない,
のか?
病院で緊急の同意が必要な場合や,進学時の契約に関して同意が得られなかった場合どうするのか,といった指摘がされる
これに対しては,現状,別居はしたものの離婚成立するまでの間,一切の直接協議が不能(ただし,裁判所を通じてだったり,代理人を通じた連絡の余地はある)というときでも,およそ,それだからといって子どもに不利益が及ぶことが考えにくいことが想像しやすいだろう
学校に行くし,病気になれば病院に行く
いくつもの子育て世代の離婚案件に携わってきた中で,子どもの生活がストップする事態は知らない
むしろ,同意なく新しい生活,新しい学校,新しい氏(←仮名)がスタートしていき,どこかのタイミングで離婚が成立して親権を手放すことになった場合には,その現状を受け入れるほかないということばかりである
別居している父母(婚姻中の共同親権)の協議の話題は,夫婦の精算関係(財産分与・年金分割・慰謝料)があるにしても,子どものことに関しては,養育費(算定表でエイヤと決まる)か面会交流である(この細やかさゆえに,弁護士=FAXで主に協議する,は単純にめんどくさく感じている可能性がある)
そんな面会交流でさえ,パターンを決めて,そのパターンを概ね遵守する限りは,協議がなくても実現できることさえある
デッドロックって何だろう?
むしろ,単独親権制下においてこ,蔓延しているのではないかと感じる
養育費は,請求する方はより高額に,支払う方はより少額に主張するものなので,算定表で決めることにすることで,答えが出る
それでも払わない人は払わないので,強制執行の手続きなどがあるものの,やっぱり,お金のない人からは払われないことがある
これは,単独親権でも共同親権でも同じだろう
ただ,面会交流中・・・それが拡充して潤沢な親子の時間を過ごす養育時間に実費として直接負担させるとき,これが,一番,とりっぱぐれのない養育費の分担方法に思われる
単独親権制下における日本の不十分な面会交流頻度・時間は,養育責任からの逃亡を用意しており,無責任な親に優しい制度である
この辺に,ひとり親家庭が困窮する背景が見えてくる
子育てのデッドロックを回避するまでの道のりを確認してみよう
1 親が2人いること
多くの人にとって当たり前だが,これが生れたときから用意されるには,空気のように気にしないほど仕組みとして確立している婚姻嫡出子制度の恩恵である
婚姻している父母の間に生まれた子は,嫡出子として推定され,その父母との親子関係が創設される
それゆえに,出生届欄には,父母の名前が記載され,戸籍には父と母の名が記載される
婚姻をしていない父母の間に生まれた子は,父からの認知がない限り,父欄は空欄だ
父欄が空欄のままでは,養育費請求ができない
これを回避するためには,認知請求が必要になるし,あるいは,認知届を役所に届けるだけでもいいが,何より,父の意思によるところが悩ましい
争いがあっても,DNA鑑定によって,父子関係が創設されれば,親子というだけで養育費支払い義務を負わせることはできる
養育費は扶養義務の現れだから,親子という関係性によって肯定されるからだ
親が2人いて,初めて,同居する親と別居する親という2種類の親が存在することとなり,結果,同居する親から別居する親に対する養育費請求が叶う
ここは,多くの人にとっては無関係であり,多くは,最初から親は2人いる状態で共に暮らしていた中で,夫婦関係を解消する離婚時に単独親権者の指定をするときに初めて2人の親の立場が分かれることになる
そうすると,親が2人いる時点で,子育てのデッドロックはまず回避できることになる
認知届が届出だけで簡単にできること,その一方で親子関係を創るための書類なので,婚姻中の出生から親子関係が推定されていくというよりも,親になる自覚に役立つのではないか,とも思うと,もっと普及できれば,婚姻の必要が実はないかもしれない(夫婦別姓になれるし)
ちなみに,出生前でも胎児認知届により,親子関係は創設できる
(無事に生まれないといけないし,胎児のための認知請求の裁判はできないが)
家族の多様性に理解が浸透し出しても,まだまだ未婚で誕生し,まして,認知がないことも極端に少数なケースではあるとすると,多くの子どもたちは,婚姻している父母から生まれるのであり(その直後に離婚することがあったとしても,だ),産まれたときは,父母が共同親権であるということが多い
そして,それが,デッドロックの回避になっているわけだ
2 2人の親が親らしくいること
法的に親が1人しか存在しない(生物学的には必ず2人いるのに)場合には,養育費請求さえできないと,よほど,単独親権者が裕福だったり,周りのサポートがなければ,生活が困窮していく
それゆえに,未婚の母に産まれた子に対しては悲しいから,リスクがあるものとして児相などから警戒されるし,驚いたことにこんな記事まである
未婚の母に対する差別的眼差しが根強く,それによって,未婚の母を回避する方法で子の福祉に配慮している面もあるだろう
差別を温存する悲しい手法だが,法律婚の尊重が民心となっている
婚姻は夫婦の間のことなので,もう気持ちが冷めたのであれば,無理に夫婦を続けなくてもよいのかもしれない
その方が,総合的な幸福の増幅に貢献するように思う
しかし,だ
だからといって,みすみす困窮リスクの高いひとり親に近づく必要はない
困窮の極みのために,生活保護や児童扶養手当などのサポート制度があるとしても,これに頼るのは本当に困窮している場合のセーフティネットにしかなっていない
家族が協力しあって,節約したり稼いだりすることで,家族の総意で子どもたちの夢を応援したり,挑戦することが実現しうる
夢をつかめるチャンスに格差がありうることは先日の池袋でランさんが力強く解説してくれている
夫婦の解消とともに親らしさを一人が失ったらどうなるか
単独親権制こそ,デッドロックを招く
一応,最低限度の文化的生活が保障され,義務教育が無償で用意されている中では気づきにくいが,ひとり親家庭になることで,それだけで,子どもの選択肢はずいぶんと失われている
小学校受験に挑戦しようとしたシングルマザー友だちの声が印象に残る
親の面接すらある小学校受験では,たとえ離婚していても,父母の関係性を円満であるように装おうことすらあるという
親が離婚しているというだけで,NGというわけだ
中学受験になると,もう少し,子ども自身の実力に委ねられるかもしれないが,それにしても,やはり,挑戦するための塾費用が毎月数万円だし,公立学校では考えられないほどの高額な費用が学費として必要になる
こうした教育費については,いわゆる算定表からは導き出されない
スイミングも空手もピアノも英語もダンスも書道も公文も,野球やサッカーも,全部ではないにしても,いくつかのお稽古をかけもちするようなことが普通にある中で,教育費の捻出が,できないひとり親を司法は救済しない
調停を通じて,合意をすることでようやく養育費に上乗せされる教育費の支払が叶うかもしれないが,合意を得るまでの調停を申し立て,解決するまでの時間を想像すると,日々猛スピードで成長する子どもの適切なタイミングで適切に体験することがおよそできなくなってしまう
お稽古にいかなくても,日々生き延びることはできる
しょせん,ただの贅沢な趣味だろう
それでも,各経験を通じて学び得る価値や友人との交流も軽視できない
ランさんがいう,孤立に追いやることにならないだろうか
2人の親が親らしく関わりを続ければ,ニーズをキャッチし,当然応援する思いもあって,調停を待たずして,教育費の捻出が叶うかもしれない
教育観の相違は,逆に離婚して単独親権によって,他方親を排斥する働きになることもあるが,それが叶うのは,経済的に余裕のある親だけだ
いくら,希望があっても,希望を叶えるために費用がかかり,その費用を自分で用意できないのであれば,他方の親に依存しなければならなくなる
養育費に生活を依存するならば,それこそデッドロックを招く
ひとまず自前で教育費を用意しながら,時間をかけてでも他方の親にも分担させ,そして回収していくということは,裁判手続きを通して実現する余地がある
とはいえ,それができなければ,子どもに夢を描くことさえ諦めさせざるを得ないというのが,現状の単独親権制で起こっている
極まれにいるというのが現実ながらも,別居親でも親をやめずに責任を果たし,愛情を注いでくれる場合には,子どもは,両親からの愛情の中で,両親を頼りながら,生きる力を身に着けていく
(ひとりで三人力くらいの愛情も稼ぎも注ぐ立派なシングルペアレントも実在はする)
共同親権になれば,デッドロックが問題だ,ではなくて,すでに,単独親権制によってデッドロックが起こり,世界でもまれにみるひとり親家庭の貧困が深刻になっているのである
共同親権により,共同養育を社会の責任として実現することが,現状において困窮している子どもたちを救うための鍵である
2人の親が親らしく機能することで,タイミングよく子どものニーズをキャッチして対応していくことをそれぞれ親として叶えていけば,それは緻密に協議するようなことがなくても,子どもが育つ環境は守られていく
緊急治療が必要な場合には,医療の現場ですでに解決指針が用意されており,救命に必要な措置をする場合の親権者の同意の問題で,救命が後回しになることはないようなので,その意味でのデッドロックは元々心配がいらないのである
塾や進学の問題も,共同親権になったら,ではなく,現在すでに起きていて,それは教育費の分担が合意できていないことが背景にあるのであり,共同親権の問題ではない
単独親権制を前提に,貧困な親が単独親権者となっているがゆえに,立て替えることもできず,塾に通わせたり進学させることができないことが今起きている
別居親でも保護者登録ができて,学費を全面的に負担することができるが,これを公的にも承認していくためにも,共同親権が必要だ
親として塾や進学を応援しうるのであって,父母同士の感情で妨害することがあってはならないのは当然だが,単独親権制は,妨害的非協力を現に許してしまっている
共同親権になれば,そんな無責任なことを許さなくなることを期待する
ひとり親こそ,デッドロックだ
子どものために共同親権
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