酷評:映画「ラストマイル」。※映画面白かった人は読まないでください。
TBSが社運をかけて製作した映画「ラストマイル」。満島ひかりと岡田将生をダブル主演につけ、脇を固めるキャストには阿部サダヲ、火野正平などの実力は俳優を抜擢。
さらに同じくTBSで話題となった「MIU404」からは綾野剛と星野源。「アンナチュラル」からは石原さとみと井浦新も特別出演。
文字通り豪華俳優陣を擁した万全のキャストで、公開前から話題沸騰の作品です。
事前に組まれたCMやテレビ特番に踊らされて、思わず観てきてしまいました!我ながらミーハーだ〜(笑)。
と言うわけで、今回はこのラストマイルのレビューをお届けします。
当然ながらネタバレを多数含みますのでご注意を!
映画「ラストマイル」概略
まずは軽くこの映画の内容をご紹介。公式サイトによると・・・
という感じ。
舞台はAmazonもしくは楽天を彷彿とさせる巨大ネット通販会社のとある流通センター。ここから発送される商品に爆弾が仕込まれ、それが消費者の手元に届くと爆発するという事件が発生します。
訳あってこの事件の直前に着任した満島ひかりと岡田将生が、警察や取引先の運送会社と半目しあい、時には協力し合いながら事件の真相を追っていくサスペンスドラマとなっています。
作品のテーマ
この作品で面白かった点はそのテーマにあると思います。
それはズバリ「人間が働くことの意義を問い直すこと」。
「ラストマイル」というタイトル通り、この映画では物流業界が抱える「商品配達の需要と、運送サービスの供給能力の不均衡」を何とかして解消しようとする働く人たちの苦境が描かれます。
もちろんそれは「皆んなで力を合わせてこの苦境を乗り越えようぜ!」といったような明るいお話だけではありません。
30年以上に及ぶデフレ不況の中で、物流業界の中に浸透した
・荷主側の
「荷物を運んでくれる奴なんていくらでもいるんだ。少しでも安い代金で運んで、しかもお客さんの無理難題も気持ちよく聞いてくれる誠実さがないと、あんたの所に頼まないよ!」という横柄さ。
・運送会社 (特に中小運送会社) 側の
不況で注文が減ってる上に、新規で参入してくる運送会社もあるんだから、どんなに無理な注文でもとにかく受けるしかない!そうしないと倒産してしまう!
単価がどんなに安くても、仕事がないよりマシなんだ!という苦境。
相反するこれらの立場の人たちの衝突が生み出す醜さも描かれます。
当然それは私たちとは関係のない、遠い世界の話ではありません。むしろつい最近まで誰もが当たり前に利用していた「配送料無料」「XX円以上お買い上げで配送料当社負担」といったサービスが、そういった構造を物流業界に浸透させていった側面があります。
そう考えるなら、この映画で描かれる命からがら生きている人たちの苦労は私たち消費者が生み出した状況とすら言えるのです。
客は便利だから利用する。
売る側はお客様にとって有益なのだからサービスをより徹底させる。
合理的ではあります。
しかし、その合理性の追求の間で切り捨てられた人がいるんだということをまざまざと見せつけられる・・・そんな映画になっております。
前半はかなり良い感じ!
では肝心の映画の内容はどうなのでしょうか?
これがなかなか面白い!
映画が始まると、冒頭から圧巻のシーンが続きます。
度重なる爆破シーン、ヘリを使った空撮、千人規模のエキストラを使った圧倒的スケール感。
満島ひかりと岡田将生を次々と襲う事件とスピード感溢れる演出によって、一気に物語の世界に引き込まれること間違いなし!
TBSの力の入れ具合は半端なく、日本の映画でここまでスリリングな展開を実現した例は稀有だと思います。
まさに、テレビ局の企画・製作力の高さを存分に発揮した作品と言えるでしょう!
最初の1時間くらいまでは目まぐるしい展開と、圧巻のエンタメ性で誰もが惹きつけられることでしょう。噂に違わぬ素晴らしい内容です!
…と、ここまで持ち上げておいて何ですが・・・このクオリティの高さも前半まで。
率直に言って、中盤以降は「壮大な映画」から「壮大なテレビドラマ」になってしまったという感じかな〜。うーん、残念。
前半はすっごく面白かったのに・・・・。
と言うわけで、ここからは何がそんなにつまらなかったのか。
どうしてこんな残念な結果になってしまったのかについて考えてみたいと思います。
評価がイマイチになってしまった理由
①展開がイマイチ〜後半は急激に失速〜
では後半の失速を生んだ理由はなんだったのでしょうか?
それは前半のような緊張感が一気に解けてしまって、よくあるテレビドラマの謎解きのような内容になってしまったことです。
緊張感が解けたのにはいくつか原因がありますが、一つは満島ひかりが演じる舟渡エレナが、この物流センターにやってきた真の目的が”サラッと”明らかになってしまったことだと思います。
冒頭部分は、舟渡エレナと相対するもう一人の主人公梨本孔(岡田将生)がこの物流センターで勤めていて、舟渡エレナが唐突に新しいセンター長として着任して来たという流れで始まります。
それと同時に爆破事件が発生したということや、よくよく調べると舟渡エレナの経歴に不可解な点があったりしたことで、観客に「舟渡エレナは何者なのか?本当に味方なのか?」という疑心暗鬼を掻き立てるような話になっていました。
そういった「誰が敵で、誰が味方か?」みたいな腹の探り合いがストーリーに緊張感を与えて、客を引き込む面白さをもたらしていました。
それが、中盤で結構唐突に舟渡エレナが自分の来歴をあっさりゲロってしまい、そのうえ急に岡田将生と「理解しあったパートナー」のようになってしまったことで、せっかくそこまで築き上げた緊張感が雲散霧消してしまったのです。
全体の尺を考えると、中盤辺りで謎解きタイムに入らないと収集つかなくなる事情は察することができるのですが、その展開があまりにも粗かったのは頂けません。
しかもその真の目的が何だかあまり深みがないというか「こんなに引っ張ったのに、それだけ?」みたいな内容で・・・。
少なくとも私はだいぶ落胆してしまいました・・・・残念です。
②後半は「テレビドラマ」になってしまった
後半では普通の刑事ドラマよろしく「室内で行われる謎解きモード」になってしまったことも残念ポイントでした。
せっかくそれまで大規模ロケ、大規模スタッフ、空撮やCGを駆使して壮大な世界観を構築して来たのに、謎解きモードになると”会議室の中”で完結・・・。
「よくある推理もののテレビドラマじゃん」というのが率直な感想。
前半のスケール感はとても良かっただけに、何だか勿体ない気がしてなりません。
推理物、あるいはサスペンス物としての話の筋としては、とてもよく練られていました。それゆえに謎解きを慎重にやらないと、視聴者の頭の中が疑問符でいっぱいになってしまうのは間違いなかったと思います。
しかしながら、前半にド派手なスケール感を強調したばかりに、後半の推理パートとのギャップが逆に失速感やスケールダウン感を演出してしまうという皮肉な結果をもたらしてしまった。
仕方ない部分もありますが、謎解きパートにもう一捻り欲しかったな〜というのが率直な感想です。
③テーマは面白かったけれど話の構造が雑
すでにボロクソに書いている気がしないでもないですが(笑)、最後に一番残念だったポイントをダメ押しで・・・(笑)。
それはズバリ、映画のテーマをきちんと取り扱えなかったことです。
冒頭でも書いたこの映画のテーマは「人間が働くことの意義を問い直す」ことだったと思います。
これはとても面白いテーマです。
人は働き始めたうちはまだしも、働くことに慣れてくると自分がなぜ働いているのかについて考えることなく漫然と働く傾向が強くなります。
それは”こなれてくる”とも言えますので、必ずしも悪いことではありません。ただ、だからこそふとした弾みに
「そもそも自分って何のために働いているんだろう?」
「ってか、別にこれって私じゃなくても良くない?他の誰でも良いんじゃないの?」
という疑念が頭をもたげて来ます。
恐らくどこかの組織に所属して働いたことのある人なら誰にでも経験があるのではないでしょうか。
哲学に詳しい人なら、カール・マルクスが言った「疎外」という概念をご存知かもしれませんが、まさにそれです。
マルクスの「疎外」概念とは、資本主義社会での商品の生産過程において、労働者が構造的に非人間的な状態、よくある表現で言えば「社会の歯車」に陥っている状態のことを指します。
多くの人がこのような疎外感を感じながらも、「生活のためには働くしかないんだから」と自分に言い聞かせて日々働き続けています。
この映画に出てくる多くの人物も同じ悩みを抱えています。
使い捨てのように扱われる中小零細のトラック運転手や中小規模の運送会社の部長はわかりやすい例ですが、逆に強者の立場にあるはずの超巨大通販会社のお偉いさんまでも会社の利益追求のために自らの置かれた非人間的な構造 (=社会の歯車) に目をつぶり、自分を殺しながら働く・・・。
利益がどれだけ出ていても、誰も幸せにならない。そんな社会構造を描きだそうとしています。
繰り返しになりますが、このテーマを描こうとしたこと自体はとても面白い試みだと思います。
・・・が、残念ながらこれらの人物が持っているはずの”人間らしさ"や"魂”がちゃんと描かれていませんでした。
中小零細のトラックドライバー。
物流会社の部長さん。
巨大通販会社の物流センターのトップ。
巨大通販会社の統括長。
それぞれの立場上の設定は与えられているのですが、それぞれの人物が備えている性質や人間性がほとんど描かれないので、「そういう設定のキャラクター」としてしか描かれてないんですよね。
一言で言えば、それぞれのキャラクターにリアリティがないってことです。
火野正平が演じたトラックドライバーだけは、彼の演技力のお陰である程度リアリティが担保できていたと思いますが、それ以外の人はちょっと微妙だったなぁというのが正直なところ。
上映時間の都合もあるので全員の人間性を描くことは不可能かもしれませんが、せめて主役の二人満島ひかりと岡田将生に関してはもっと丁寧に描くべきだったのではないでしょうか。
その人間性の描き方が雑だったので、「人間が働くことの意義」を問い直そうとしながらも、人間的な深みを表現できず、ただの謎解きアクション映画になってしまったように思われます。
テーマ、設定、出演陣のラインナップ、どれもかなり良い線を行っていただけに残念でなりません。
最後の締め
という訳で、何だかトータルでかなり酷評になってしまいましたが(笑)、逆に言えばそこまで深掘りする価値のあるレベルの高い映画であったことは間違いありません。
エンターテイメントとしての楽しみを求めている方なら、観る価値は十分あると思います。
あ、最後に大事なことを一つ。
この映画の最大の売りの一つが人気テレビドラマのキャラクターが出演することでした。具体的には「MIU404」からは綾野剛と星野源。「アンナチュラル」からは石原さとみと井浦新。
ですが、このメンツの出演時間はかな〜り短いです(笑)。多分それぞれ2〜3分しか出ませんので、彼ら観たさに映画を検討している人はご注意ください!!
今回も長文を最後までお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m