【聞香会のアーカイブ】2022年10月26日・五味の会・酸
(注:録音の都合で最初と最後の内容が記録されておらず、申し訳ございません)
(古五味名香の極状コピーを回覧して…)
「会長」五味シリーズでお炷きしている古五味・手本木はすべてあちらから。
「連衆」じゃあ、あの中に『京極』って木が載っているわけですね。
「会長」はい。米川常伯っていますよね。米川常伯って志野流系の人らしいんですけれど、 志野流の文献によると、その昔、五味の手本木(てほんぼく)・手鑑(てかがみ) を十種類選んだんですね。だから、各味ごとにふたつ選んでます。それを順番にお炷きしてる。で、甘い時もふたつ、辛い時もふたつ。で、今回、酸っぱいもふたつ炷きます。
「連衆」 それが全部入っているのが極めっていう。
「会長」はい。十種類揃っているものの香包のコピーと、それからうちにはこれだけしかないんですけれども、『京極』。今回に備えて、端の方をのこぎりで挽きました。で、断面がここに見えてますから、袋を持っていただいて、断面の様子とかよくご覧いただければと思います。これ『京極』ですね。文献では、木所・真南蛮となってます。
(『京極』が連衆に回される)
「会長」他の手本木・手鑑 は伽羅なんですが、酸だけに限っては、かたや真南蛮の『京極』、もうひとつは『赤栴檀』ですね。なぜそうなっているのかはちょっと分かりませんが。
この蜂谷式部って人は 志野流の十二代か十三代だったと思いますが、多分継承された時にまだ若輩だったんですね。それでやむなく藤野専齋 って人が後見人になったんですね。だから、これも花押は式部が書いてますけど、その前に藤野専齋が極めを書いてますね。この字は藤野専齋の字です。サインだけ家元もしている。
『京極』(古五味名香)(真南蛮)・1回目・105℃・始め
「会長」換気はそちらの換気扇から吸ってこう流れていく感じですから。
今ですね、室温は23.5℃、湿度が36%、香炉の温度はだいたい105℃です。『京極』です。
(『京極』・古五味名香を連衆に回す)
「会長」折り返し地点の方は2回分どうぞ。
「会長」先ほど、香木の実物をお回しさせていただいて、それをご覧になって何か気づかれたことはありますか?あるいはそれと関連して、何か、今の香りの中身について、何かおかしいと思った方はおられますか?
「連衆」おかしい?
「連衆」あまり真南蛮っぽくなかった。
「会長」真南蛮っぽくない、そうですよね。あのですね、これ伽羅です。
「連衆」えっ。いい香りでした。
「会長」いい木ですよね。
「連衆」すごく品がよかったので。真南蛮にしては……
「会長」とってもいい伽羅ですよ。なぜこれが真南蛮になっているのかちょっと理解できないし、酸味といってもね、そんなに典型的な酸っぱさというわけではなくて、品のよいほんとに甘酸っぱい感じで。非常に面白い木ですよね。なぜこれを手鑑にしたのか私はわからない。理解できないですね。
別に米川常伯に文句を言うつもりはないですけれども。なんかね、ちょっと理解に苦しみますね。とってもいい伽羅ですよね。
105℃で最初にお回ししましたが、帰ってくる時には110℃超えていると思いますけれど。後でまた時間があれば、あればというか時間をつくるようにして回しますが、いつ火末(ひずえ)がくるか分からないくらいしっかりしてます。非常に面白い伽羅ですね。
昔の名香でも木は伽羅なんだけど、木所は真那伽になってます、羅国 になってますというのはそりゃあもういっぱいあります。ありますが、その場合は該当する伽羅が伽羅らしくない伽羅ということが一般的ですよね。
だから、伽羅らしい堂々とした伽羅とは認められないから、さりとてもったいないから他の木所にあてはめるということが昔よく行われていたと思います。この『京極』はそういう対象として、大した伽羅じゃないから蛮にしとこうというんでもないような気がするんですよね。
これを「物足りないから蛮にしておこう」というのだとしたら、当時はもっとよっぽどいい伽羅ばっかり……
「連衆」いいのがあった?
「会長」かもしれないですよね。そうとしか思えないような。われわれからすると立派な伽羅だと思います。それだけ昔の香木のレベルが高かったということがあるかもしれませんね。
「連衆」古ぼけていない香りがします。
「会長」どちらかというとクリアですよね。軽やかな甘酸っぱさが。
次、『赤栴檀』回しますんで。
赤栴檀って私の理解では香木の種類だと思っているんですけど、この場合、香名が『赤栴檀』ってなってますね。
そういう例は考えてみたら、時々お炷きすることがある賢章院さんのお香、それの中にやっぱり香包に『赤栴檀』というのがあって、私はそれ香木の種類が書いてあるメモしてあるのかと思ったんですけど、どうやら香名に『赤栴檀』というのがあるみたいですね。
これも昨日ちょっとのこぎりで挽きましたから新鮮な断面がありますけれど、典型的な私が知ってる赤栴檀。みんなこんな切り口ですね。
(『赤栴檀』・古五味名香を連衆に回す)
「会長」この植物は私、何の植物だか知らないです。だから自分で赤栴檀として輸入したことは一度もなくて、みんなポッと出てきた香木を見て、「何でしょうか」って言われて、自分が持ってる歴史的な香木の赤栴檀と同じ香りがすれば「ああ、これ赤栴檀」という風に分類してます。
だいぶこれ(電気香炉の)上の方を緩めてあるので、上の方を持つと簡単に動いてしまう(火加減が変わってしまう)恐れがあるのでお気をつけください。
『赤栴檀』(古五味名香)(赤栴檀)・1回目・115℃・始め
「連衆」あまり樹脂があるようには見えない木ですけれども、赤栴檀は。
樹脂があるものと、樹脂がないもの、というものは、年数が経ってから香りって持つんですか?樹脂の方が香りが持ちそうな感じがしちゃうんですけど。
「会長」はい、たしかにそうかもしれませんね。それで私の理解だと、赤栴檀は白檀と同じでオイル系。オイル分が芳香物質をもっているというタイプですね。だからエッセンシャルオイルがとれる香木だと思います。だから元々樹脂分はないんですよね。だからあっさりしてますよね。
「連衆」そうすると揮発しやすいから。
「会長」しやすい。
「連衆」ということは香りが飛びやすい。
「会長」飛びやすいですね。
「連衆」とも考えられる。
「会長」考えられます。だけど、白檀と比べると赤栴檀の方が、まだなんか香りの成分が長持ちしているような気がします。気がするだけ?
「連衆」気がするだけ(笑)
「会長」それは分かんないんですけれども。
これもまあ、酸っぱいという手鑑になってますが、酸味。私なんかが六国五味で酸っていうと、どうしてもインドネシアの沈香を思い浮かべるんですね。御家流の系統の方々には馴染がない気がするんですが、インドネシアの沈香っていうのは佐曽羅(さそら)もそうだし寸門陀羅(すもたら)もそうだし、志野流の系統の場合ですけど、酸味っていうのが強く感じられる木所だと思っています。
赤栴檀は御家流では佐曽羅としてお使いになるんでしょうけどね。でもこれが酸の代表的なものかっていわれると、そうなのかなってちょっと思いますね。
「連衆」この間こちらで求めた赤栴檀の方が赤栴檀らしいような……
「会長」それ今、さっきおっしゃったように、ぬけているかもしれないです、今お回ししているやつが。
これ、一応計りましょうか。(『京極』、会長の手元に戻る)
ああ、まだ充分香ってますね。
「連衆」行きよりも帰りがよくなったような気が(笑)
「会長」だんだんよくなってますね(笑)。これ今のこの温度が、えっ、116℃(要、再確認)くらいです。
『京極』(古五味名香)(真南蛮)1回目・116℃(要、再確認)・戻り
「会長」それでも焦げてないですよね。焦げ臭くない。これ、まだまだいけますね。素晴らしい。だからこんな伽羅を真南蛮と見做してたのかっていうのがちょっと驚きますね。他の伽羅はもっともっとすごかったのかなっていう気がしますね。
今お話ししたように、志野流で考えると、酸という味は、インドネシア系の沈香、産地から言えば分かっている範囲だとカリマンタンですね。ボルネオ島ですね。そこら辺で見つかった質のいい沈香、それを加熱すると、酸味が出ます。
ひとつの例として「春宵(しゅんしょう)」というのをお回しします。この「春宵」っていうのは私じゃなくてお客様がつけられた仮銘です。昔インドネシアの沈香が大好きな方がおられて、今月の推奨香木にさせていただいた「嬋娟」というカリマンタンのいい沈香、これがそうですけど。これなんかもそうですけど、一連の上質なインドネシアの沈香、佐曽羅に全部漢詩で仮銘をつけられたんですね。「春宵」もその中のひとつです。
(「仮銘 春宵」を連衆に回す)
「会長」恐らく御家流の系統の方々にとっては本来なじみがない香木ですね。この志野流が使っている佐曽羅・寸聞陀羅っていうのは。
午前中の方で今日お炷きしたインドネシアの沈香、4種類とも「自分たちは真南蛮として聞ける」とおっしゃっていました。だからもう、多分10年くらい前から、タイで見つかる真南蛮に使える沈香が少なくなってきたから、インドネシア産のものを真南蛮としてあてはめて販売っするという事態を引き起こしているんだなあと思いますね。
「仮銘 春宵」(佐曽羅 )(インドネシア産沈香)・1回目・115℃・始め
『赤栴檀』(古五味名香)(赤栴檀)・128℃・1回目・戻り
「会長」128℃。マイルドですよね。うちのなんでしたっけ、「あまぎる霞」でしたっけ?赤栴檀。あれよりマイルドですよね。
「連衆」はい。淡い。
「連衆」静かすぎる(笑)
「会長」だから正倉院に白檀が残ってますでしょ。あれなんかもう、真ん中の方はまだオイル分が少しは残ってると思います。だから、外側はどんどんカサカサになっていってるけど、中の方は炷けばいけると思います。ある程度は。でもやっぱり、マイルドになると思います。
「連衆」米川常伯は志野流の……
「会長」系統。だと志野流の文献には書いてあります。
「連衆」御家流の方は特に。
「会長」分かんないです。だから志野流がそんなこと言ってるだけかもしれない。分かんない。何をもって志野流系統だとおっしゃっているのか、その論拠は存じ上げないんです。
「連衆」フリーで凄い人だったのか、志野流で凄い人だったのかというのが……
「会長」ちょっと分かんないんですよね。昔、私がよく遊んでいた、埼玉大学の矢野環さんという先生がひと頃お茶に興味を持っていて色々研究していて、手薄だからっちゅうんでお香に移られて。で、色々研究されて、で、その方が米川常伯の墓を見つけましたね。京都にあったんですね。
「連衆」へぇ~
「連衆」東福門院の方を向いて立っているって
「連衆」へぇ~
「会長」ああそうですか。なぜそれが東福門院の方かって分かるんですかね。
「連衆」親交があったらしい。
「会長」ああ、はい。確かに。教えていたという話がありますよね。
「連衆」矢野環さん?
「会長」はい。王へんにカンという漢字ですね。
「連衆」YouTubeとかされてますか?
「会長」いやぁ分かりませんけど、本来は数学系の先生です。
元々は京都の生まれ育ちの方で、京大卒だったと思うんですけど、年代が私と同い年、たしか。それでお香に関心をもってうちに見えて、色々お話したりとか。楊貴妃が昔飲んでいたというお香を復元して作ってみたりだとか。
「連衆」えっそれは何ですか?
「会長」知らないですか?楊貴妃はお香を飲んでいたと言われているんです。
「連衆」へぇ~
「連衆」麝香(じゃこう)を。
「会長」そうです。
「連衆」はぁ~
「会長」それで、レシピを矢野さんが見つけて、「それじゃやってみましょう」ということになって作ったことがあります。一日に13丸飲むという。
13丸というと、朝昼晩どういう分け方になっているのか理解ができないという感じがするんですけど、一日に13粒飲むと。それを1か月続けると、抱いた赤子に香りが移ると言われたんです。
「連衆」へぇ~
「会長」それを作ってくれ、飲みたいから、という人が他にもおられますけど。作るの大変なんです(笑)一番……
「連衆」メインは何なんですか?
「会長」麝香です。楊貴妃ってね。聞いたところによると、西イラン系の女性で、元々日本人と同じで体臭とかそんなになかったと言われてます。
どういうレシピかというと、ほぼ胃腸薬みたいな漢方薬がほとんどで、その中に香りが出る成分としては、目立つのは麝香だけなんです。だからキムチをよく食べる人がキムチ臭くなる。毛穴から多分香りが出るんですよね。
同じように麝香の香りが毛穴から多分出るんです。言い伝えが本当だとしたら、楊貴妃は麝香の香りがしたということになるかと思います。だけど、麝香って強心剤なんで、本当に心臓の薬なんですが、過ぎたるは何とかって言いますよね。飲み過ぎたらどうなるか分かんないので、だから作った時は私は飲まなかったんです。
「連衆」笑
「会長」怖いから。全部矢野さんが飲んだんです。だけど、天然の麝香をけっこう使うんですよ。超貴重品ですからそんなにたくさん入れられないので、出来上がったのが4日分しかなかったんです。4日だと、一応奥さんに聞くと、真夏の暑い時期だったんですけど、洗濯したワイシャツがあまり汗臭さを感じなかった、ぐらいの本当かどうかよく分かんないような成果しかありませんでしたが。
「連衆」麝香じゃなくて違う成分の効果だったかも、胃腸薬の成分だったかもわからない(笑)
「会長」いやあ、でもね。平安時代の練り香・薫物も、天然の麝香がないと話にならない。
天然の麝香を入れてないのに「平安時代の薫物を復元しました」っていうのは、ちゃんちゃらおかしいですよ。
「連衆」はぁ~
「会長」そんなものどうでもいいっていう感じですよね。
「連衆」麝香って輸入してたの?
「会長」はい。ワシントン条約ができて引っかかるまでは、けっこう大量に輸入してましたね。
「連衆」イメージとして、すごくいい香りとは思ってなかったんですけど……
「会長」おっしゃる通りですね。直に嗅ぐと、ムワァ~ッとしてすごい香りです。何百倍とか何千倍とかに薄めないといい香りとは思えないですね。まあ日本で経験できる麝香っていうのはみんな合成品ですよ。
本物を嗅ぎますか?
「連衆」はい。(揃って)
「会長」じゃあ最後の最後に。あれねえ、妊娠してる女性に嗅がせたらだめだって言われるくらいなんですよ。キツすぎて。じゃあ後で。
「連衆」最後の方がいいですね。このいい香りが台無しになっちゃう(笑)
「会長」そうなんですよ。それがちょっと心配だから。
「会長」123℃ですね。「春宵」の帰り。
「仮銘 春宵」(佐曽羅 )(インドネシア産沈香)・1回目・123℃・帰り
「会長」134℃。はい。
「連衆」123℃?
「会長」124℃って言いましたっけ?
「連衆」123と。
「会長」123でした。自分で何を言っているか(笑)
ちょっとね、出ていますね。甘みと。やっぱりこういう「春宵」の酸味っていうと私なんかは馴染みのある酸っぱさというか。
(あをば、連衆に回す)
「会長」その「あをば」も、割とコロンとして持ち重りがするような感じですが、比重の大きさっていうか樹脂分の詰まり方からするとそんなでもないんですね。例えば、水に放り込んだら沈まない。沈みそうだけど沈まないっていうタイプですね。ということは、炷いたとしても樹脂分以外、元々の繊維の部分がやっぱり香りとしても少し入ってくるように思われますね。
それから言うと、「春宵」の方が樹脂分の密度が高いですね。
「連衆」沈みますか?
「会長」沈みますね。やったことはないですけど、沈むと思います。
「連衆」先ほどの佐曽羅 ?
「会長」これまで炷いたのは三番ですね。「春宵」。
「連衆」これからは四番?
「会長」あれ、私もう回してましたっけ?
私もう一回「あをば」を回そうとしてました。だんだん訳がわからなくなってきて(笑)
多分、「あをば」の方が密度の、香りの密度も、何と言うかちょっと浅いというか、そういう感じがあると思います。
「連衆」白檀の方が筋がすこ~し……
「会長」似通っているところがあるかもしれないですね。確かに。午前中もそういう意見がありましたね。だから志野流と御家流と、木所の考え方っていうか全く違う訳でもないような気がしますよね。だからいつの時代でしたっけ。香木屋になっちゃだめだよって言って、見かけで木所が分かんないように墨塗ったりっていうことがあった、したことがあるっていうのを聞いたことがあるんですけど。恐らく赤栴檀だって墨塗って聞いたら、佐曽羅と聞き分けられない、かもしれないですよね。そう思うことがあります。
「連衆」墨の香りはしないんですか?塗っちゃって?
「会長」ああ……どうなんでしょうね。嗅いだことないから分かんないですけど(笑)
「連衆」墨の香りも温めればしそうな気が……
「会長」えっと……例えば、売られている墨ありますよね。あれって香料入れてますから。そういうんじゃなく、ただの墨だったら、多分においが出ないんじゃないかと思うんですよね。
割と樹脂分の密度はそんなに濃くないと思います。だから、元の木のままっていう組織がまだ何10%か残ってるんですね。
「仮銘あをば」(佐曽羅 )(インドネシア産沈香)・1回目・115℃・始め
「連衆」今日の湿度は36%。本当はもうちょっと高い方がいい?お香を炷くのに。
「会長」はい
「連衆」よい湿度はどのくらいでしょうか?
「会長」これくらいっていうのははっきり確かめているわけじゃないんですけど。でも大体50%は欲しいですね。
「連衆」梅雨時とかいいですね?
「会長」梅雨時は最高ですね。これまで1番火加減が「今日はいいですねぇ」と言われてたのは、その頃ですよね。湿度が60%とかあって。逆に19%とかっていう時もあったんですよね。そういう時はなんかちょっとカラカラッとしすぎて。あんまりよくなかったですよね。
「連衆」例えば、湿度がものすごく低い時っていうのは温度を上げるんですか?
「会長」上げざるを得ないですよね。上げざるを得ないんですけど、上げたことによる効果が、下手したら火末も早くなっちゃいますから。必ずしも充分じゃないですよね。効果としては。だから難しいですね。
「連衆」温度を計るそれは、どちらで販売されていらっしゃるの?
「会長」これはうちの社長が探しまくってくれました。アンリツ。私ね、日本製じゃなきゃ嫌だって言ったんですよね。すぐ壊れるのは嫌だって。
「安立工機株式会社Made in Japan」ってなってますね。ほんとにね、なかなか見つからなかったです。私も探しましたけど。ボッシュとかね、ビューっとやるやつあるんですけど、(測り方が複雑すぎて)全然アテにならないです。
「連衆」本来はそれは何をするための機械なんでしょうか?それ用の機械じゃないですよね?
「会長」ええ。銀葉の温度を計るためにこんな機械を開発してくれたら、もう涙が流れますけれども。何でしょうね。
「連衆」家で温度を計ってみたいなと思って。
「会長」そうですね。これをお貸しするしかないですね。
「連衆」それを探します(笑)
「会長」これね、―200℃から、1370℃まで計れる。少なくとも1000℃ってお料理用じゃないですよね。
「連衆」笑
「会長」随分色々と探して、うちの社長が機械やさんみたいな人に来てもらって相談して、「こういうことをしたいんだ」って言って勧めてもらったって。
「会長」次は、同じインドネシアの沈香でも、志野流で言う寸聞陀羅 にあてはまる、そういうものをふたつ、炷かせていただきます。
先に「うすき衣」(ころも)を。
インドネシアで見つかる、輸入してくる沈香って、聞香に耐えうるようなレベルのものって、佐曽羅になるか寸聞陀羅かどちらかですね。なんていうかまあこれからちょっと炷いてみますけれど、非常に面白い立ち方をします。
(うすき衣を回す)
「会長」これ、戻りは112℃になってます。
「仮銘あをば」(佐曽羅 )(インドネシア産沈香)・1回目・112℃・帰り
「会長」最初より低いっていうのは珍しいですね。
「仮銘 うすき衣」(寸門陀羅)(インドネシア産沈香)・1回目・115℃・始め
「会長」志野流の寸聞陀羅 の大きな特徴として、酸味と言えるかどうか、鼻から脳に抜けるようなスーッとした香気があるんですね。それがひとつの大きな特徴だと言えると考えています。そういうスーッとした鼻に通るような抜けるような香気っていうのは、多分次の「空の通ひ路」の方が感じられるんじゃないかと思います。
(「空の通ひ路」、連衆に回す)
「会長」ちょっと今のうちに麝香を持ってきますね。それから、栽培された伽羅の最新版のサンプルが来ているので、それを後で時間をとってお聞かせしますね。なかなかだんだん良くなってきているんです。
(会長、しばらく席を外す)
「連衆」香りって何度やっても組香の時に。香りを学ぶっていうのは、やっぱり香りをたくさん試すしかない?
「会長」うん、それが一番だと思いますね。結局、聞き分けるっていうのは、自分の中にいかにたくさんデータをしまいこんで、それを瞬時に出してきて照らし合わせるかっていうのがひとつのポイントになるんですね。私はそう考えているんですが。何かを結び付けて覚えるっていうのもいいんでしょうけれど、限界がありますよね。だから一番いいのは、聞いた香木の特徴をなるべく完璧に捕まえるっていう。で、それを自分の中のデータと照らし合わせて結び付けて把握する。そうすると、まあそれが出来ると、多分外すことはないんですね。
「連衆」それが……笑
「会長」あとは記憶の問題。それが私の場合は一番大きいんですけど。ずっと覚えてらんないってことがありますよね。あれなんだっけっていう。それは付いて回る話ですけど。聞き分けっていうことからすると、今申し上げたことが一番いいんだろうということになろうかと思います。
「連衆」その場合やっぱり手本木まではなかなか手が出なかったりするんですけれども、やっぱりそれらしい寸聞陀羅なら寸聞陀羅らしいそれを買って、できるだけそれを頭にぴったりつけて、それに類似したものを感じるというか。
「会長」はい、そうですね。たしかにそんな手鑑、古五味とか六国とかってそうそうあるもんじゃないですから。そういう点では、何を根拠にこれをこうだと思うかっていうのはなかなか難しいですよね。あの、家元が、極めをつけてくださる香木っていうのが、いわゆるひとつの教科書になりますから、歴史的にはいろんな代で家元が銘付の香木を出したりされているので、特に志野流の場合でしたら、極めに木所と味と位が全部書かれているんですね。だから、それを照らし合わせながら聞くと、ああそうかっていうのが学習できる、かもしれないという感じで。
しかしそういう銘付の香木っていうのも、われわれの例でいうと、頂戴しても何百人かお待ちになっているからすぐに無くなってしまうので、通常販売できるほどの量は残らないんですよね。
だから現状どうしてるかっていうと、(志野流の場合)御伝授の時に銘付の香木が必要だっていう段階があって、その「御伝授に向けてちょっとずつ銘付のものを用意したいから」って依頼される場合に限り、必要最低限度で分木している現状ですね。だから、根拠になるような手本が少ないっていうのは大問題ですね。
「連衆」大問題。
「会長」はい。だから寸聞陀羅だったらいろんな寸聞陀羅、真南蛮だったらいろんな真南蛮っていうちゃんとしたやつを聞いておられると、共通して感じられる、まあ私はよく「においの筋」っていう言い方をしますけれど、そういう筋が通っている。ちゃんとした木だったらね。ちゃんと分類している木だったら通っているはずなんです。その通っている筋を掴む。周りは色々あるけど、筋だけ掴む。その筋が感じられたら、これはこういう木所だなっていうのがあって、それで木所としては判断ができると思います。が、ただ、組香で聞き分けるとなった時はまたちょっと別ですよね。だから、試みで炷かれたやつをちゃんと覚えないといけないので。木所の判定がちゃんとできるということと、組香で正解を出せるということはちょっと違うかもしれないですけど。はい。
「連衆」わかりました。たくさん経験を積むように……
「会長」まあ、家元だって間違われますからね。(志野流の)先代なんかでも本当に点数なんか全然問題にされていませんでしたから。そう、開き直ればいいんですよ。
「連衆」開き直る!
「会長」はい。香記、お香の会の記録を見ても、ひときわ家元が点が低いっていう場合もありますから。それと香道の深さとは関係あらへんということかもしれませんね。
「連衆」でも家元が決めるんですよね(笑)。
「仮銘 うすき衣」(寸門陀羅)(インドネシア産沈香)・1回目・122℃・帰り
「連衆」こういう木片で、香木で、位置によって違いはあるんでしょうか、やっぱり。
「会長」多少はありますね。やっぱり。
「連衆」大体は同じですか?
「会長」さっき申し上げたことで言えば、筋は変わらないです。午前中ちょっとやってみたんですけど、例えばそこの真ん中が穴が開いていますよね。そこは朽ち果てたわけです。ただ、私の考えで言うと、いつ朽ち果てたかっていうと、一旦香木になってから何十年何百年かの間に、水分の影響を受けて朽ちた。ということはね、そこの中に朽ちた木片みたいなものがありますよね、それをほじほじして炷いたら、ちゃんと香木の香りがするんじゃないかっていうんで午前中やってみたら、香りはしましたね。
「連衆」違う香りがする?
「会長」おっしゃっている意味はわかりましたけど。充分あり得ます。
「連衆」場所じゃなくてそれは何故なんですか?
「会長」場所です。この「あをば」で言えば、白っぽく見えるところと黒っぽく見えるところと分けて炷き出せば、かなり人を騙せます。
「連衆」いえ、騙すためでは……
「会長」ちょっと意地悪して。そうしないとまたみんな分かりすぎてつまんないっていうことがありますよね。
「連衆」でも筋はあるんですよね。
「会長」(はい。)だから、ベテランの方は例えば、前の試み香の時はこんなじゃなかったけれど……だけど冷静に考えると、あっ、さっき(試香で炷かれたの)はこういう場所だったんだ。そして本香ではここの場所が、っていう風にして推測して、組み立てて。それで当てるっていう。そういう方はおられますよ。
好んでそういう木をね、お求めになる先生はおられました。
「連衆」意地悪ね(笑)
「会長」ちょっと変化球つけないと面白くないっていう。
今日は珍しく時間が余りそうなんですが、あんまりそんな話してると、結局また元の木阿弥に……
「会長」これは今日、変わった珍しい木を用意しました。浪花芦(なにわのあし)という……
「連衆」空の通ひ路がまだ……
「会長」えっ空の通ひ路まだ炷いてなかったですか。失礼しました。もう片付けてしまいました。
(会長、しばらく準備する)
「会長」空の通ひ路ですね。113℃。
「仮銘 空の通ひ路」(寸聞蛇羅)(インドネシア産沈香)・1回目・113℃・始め
「連衆」電子香炉を自分では持っていないんですけど、もし買った時に、113とか115っていうのは何段階目の?
「会長」分からないんです。
「連衆」分からないんですね。
「会長」今ここでやっているのは、蓋で。
「連衆」蓋でやっているんですね。
「会長」まずここで長押しして、でまずブルーが出ますよね。これが一番低い段階で。これをもう一回押すと、オレンジにもう一段上がるんです。これをさらに押すと、赤になる。さらに温度が上がる。で、この時の温度が、200℃超えてますね。こんなに赤いので聞香することはまずないので。大体ブルーの。もう一回押すとブルーに戻ります。一番固く回している状態だと、この火種の熱源っていうんですかね、セラミックとその上に載っている銀葉との距離が一番近いんです。で、この状態で180℃くらい。で、高すぎるからこれを緩めていくんです。緩めていくとこのセラミックと銀葉の間がだんだん離れていくんです。それを自分で一番締まった状態から、1回とか2回とか3回4回5回とかってやって大体見当をつける。
「連衆」これは説明書に書いてある?
「会長」全く書いてないです。
「連衆」(笑)回して調節。
「会長」まあそうですよね。これで5回くらい回してやると114℃とか。
昔、志野流の偉い先生に昔言われたことは、「火加減は一生かかる」と。
目安として覚えることっていうのは、ここの先で火加減で覚え込ませると。銀葉をここ(薬指)で触って、どれくらい熱いかで火加減を覚えると。だけど、これで計れるわけではないので、数字が計れるわけじゃないから、いい加減な部分があるんですけど。どれくらい熱いかっていうことです。昔の人が言うには、これで触って熱いっていう風にして手首だけで逃げるのか、肘ごと逃れるのかっていうような違いっていうような説明を受けた記憶があります。タコが出来そうな感じですよね。
「連衆」油の温度を料理人が手を入れるとかっていう……
「会長」天ぷらとかね。それと近いかもしれないですね。
「連衆」こわい……
「会長」流派によっては火味見ってありますよね。こういう棒に輪っかがついていて、丸いのが。あれって、この先を当てて、深さがどれくらいかっていうのを計るための道具なんですよ。例えばこの銀葉に穴が開いているとして。銀葉の先から炭団までの距離が1.5㎝くらいに設定されているんですよ。
それで灰をかき上げて(火味見で)押さえますよね。そうするとこの先がたどんに付きますよね。そしたらそこまで灰を押さえて、そこに銀葉を載せたらちょうどいい火加減になるよ、という、そういう道具があるんですね。
「連衆」なんという道具ですか?
「会長」火味見(ひあじみ)。
「連衆」火の味見をする。
「会長」そんな道具はあるけど、香炉は本当に難しくて、複雑な要素が絡み合いますから。湿度もそうだし気温もそうだし、それから事前に灰の準備がどこまで出来てるかっていうのでも全然違います。それから使う炭団の良し悪しもあるし、熾し加減にもよるし、様々な要素が絡み合うから、そういう中で炷き出す香木をピタッと合わせるっていうのは至難の業。
「会長」ええとすみません。それで、最後の『浪花芦』。
これは入っていた香包が、何だか私はよく知らないんですけど、竹皮紙(ちくひし)っていう竹の薄皮を和紙で裏打ちしたもの、それを竹の皮の紙と書きますが、それが使われている場合は比較的新しいものですね。
竹皮紙が発明される前は、単なる竹の皮で香木を包んでいた。それは香木の樹脂分が逃げない。あるいは紙や布(きれ)を使うとそれが油脂分を吸っちゃいますから、それをさせないために水をはじくようなもの。油分とかを吸い込まないようなもので包んでいた。で、お回ししますけど、どうやら竹の皮じゃないんですね。バキバキになるからビニールに入れてますけど。
これに入っていた香木ですが、ここに台箋が貼ってあって、ここに午前中の方が詳しく見たら、確かに『浪花芦』って書いてあるんじゃないかって。これには書付は残ってないんですけど、どうやら江戸時代からものだと思われて。これを炷くと、いい感じの真那賀(まなか)。これをちょっと炷いてみます。
(『浪花芦』、連衆に回す)
「会長」面白い酸っぱさを持っているので、これちょっと貴重品ですけど、来月11月の推奨香木にしようということになって、一応これ発売します。
「会長」(温度計の話)例えば、灰の温度は計れると思いますけど、銀葉のてっぺんが何度かっていうのはちょっと難しいですね。
「連衆」お高いですね?
「会長」けっこうします。だからもったいないから、一回どんなもんか試してみたいということでしたらお貸ししますから。聞香会やってる時しか使いませんから。
「連衆」貸し出ししていただけるんですか?
「会長」社長に訊きますけど、多分大丈夫だと思います。ちゃんと返してくれれば(笑)
「連衆」そりゃあお返ししますよ。普段ね、炭団でしてるから、どのくらいなのかちょっと知っておきたいかなって。
「会長」ちょっと注意していただきたいのは、この先にピコピコっと出てきているのがバネになってて、それを押すんですけど、押すのにけっこう力がいると。これがもし、香炉の灰の上だったら、これで押したら沈んじゃう。だからそれがちょっと心配ではありますね。
「連衆」本体とセンサーということですよね?
「会長」ええ。この先のアタッチメントっていうんですかね、それが違う形のものがあるか知らないんですけど、これだから、これが26.9ですよね。これが触れるだけだと、あ、計れますね。これでも計れるんですよ。33度4分。何万円かしますからね。今やってみたところ、押し付けなくても計れますね。触れれば。触れればいけますね。
「連衆」押した時と触れた時の差ってあるのかしら。
「会長」今やってみた感じだとないですね。あっ4時になってしまいました。えっとあの、もしお時間ありますようでしたら、午前中にみなさん興味あるからって言われてお回ししたんですけど、栽培した伽羅の最新バージョンを炷いてみますし、あとその『京極』の火末ですよね、それもちょっと関心もおありでしょうし。そのあと麝香と。ちょっと時間かかりそうなんで、お時間迫っておられる方がいらっしゃいましたら、どうぞご退席いただいて。だけど、まあ最後の『浪花芦』くらいはちゃんと回さないといけない(笑)
「会長」浪花芦です。111℃。
『浪花芦』(真那賀)(江戸時代の古木・タイ産沈香と思われる)・1回目・111℃・始め
(連衆、『浪花芦』を聞く。「空の通ひ路」帰ってくる)
「連衆」いい香り。行きより帰りの方がいい感じ。
「会長」124℃ですね。「空の通ひ路」の戻ってきたやつ。
「仮銘 空の通ひ路」(寸聞蛇羅)(インドネシア産沈香)・1回目・124℃・帰り
「連衆」<聞き取れず>
「会長」かつてうちに居た、20歳で亡くなったにゃんこが、香木の線香好きでしたね。クンクンしながら。香木ということでいくとどうでしょうね……
「連衆」またたびに似た成分?
「会長」香木じゃないけど、薫香原料の中に山奈(さんな)っていうのがあるんですけど、カナブンが山奈大好きですね。山奈を使ってにおい袋の掛け香を合わせてると、どこからともなくカナブンがブンブン飛んできます。それはよく覚えてますね。よくそれを捕まえて紐付けて飛ばしたりやってました。
「連衆」防虫剤とかそういうイメージはありました。
「会長」そうですそうです。
「連衆」そういうイメージはありましたけど、虫に食われることもあるのかなと。
「会長」本当に蓼食う虫も好き好きといいますね。山奈なんて防虫に使う原料ですけどね、だけどカナブンは大好き。
あとそうですね。インドから白檀を輸入しますよね。こんな丸太で。そん中に大抵アリが入ってますね。それはアリが白檀好きっていうんじゃなくて、砂とか土とか運んできて、住処にしてるっていう。すごいあれですよ。あれはなんていうかな、検疫に引っかかるんだろうと思いますけど、いかにも日本のアリじゃないなっていうのが出てくるんですよ。ひらひらした赤く青く光ったような。それもよく覚えてますね。
「連衆」香木と動物。
「会長」本当におっしゃったような意味合いではちょっと例は知らないですね。
「連衆」カナブンは山奈が好き。
「会長」(『浪花芦』の包を持って)何でしょうね。これ。芭蕉かなとおっしゃっている方はいらっしゃいましたけど。とにかくあまりにもバキバキなんで、湯のしをしてビニール袋に入れちゃったんですけど。もはや使えないですよね。こんなにバキバキだったら。
「連衆」竹はもう少しやわらかい?
「会長」竹ですか?竹もバキバキですよ。
「連衆」ちょっとにおいを嗅いでもいいですか?
「会長」どうぞ
「連衆」竹?ビニールのにおい(笑)
「会長」多分ね、あんまりにおいがするようだと、香木を包むのに適してないから。内側はね、本当に竹の皮にそっくりなんですよ。
『浪花芦』(真那賀)(江戸時代の古木・タイ産沈香と思われる)・1回目・120℃・帰り