【日記超短編】花火

 月夜に花火が上がる。音のない花火だ。地球から見えるように月で上げる花火だから、音がしないのだ。わたしたちはそれを誰かの家の屋根の上で眺めた。眺めるのにちょうどいい場所を屋根伝いにさがしてたどり着いたので、ここが何という町なのかさえわからない。花火は上がるたび、月の輪郭に収まったりはみ出たりしている。皿に盛られた料理に見え、けっこう歩いたせいもあって空腹をおぼえた。誰かがポケットに飴を持っていて、それしかないから、みんなで順番に舐めることにする。いくつかの飴が溶けて固まっている飴は、いびつで、景色が映ったガラス玉のように複雑な色で、順番が回ってくるたび味が変わっている。わたしたちは思う、口の中を星の歴史が通り抜けていくみたい。花火がクライマックスに差しかかり、月が爆発したみたいな盛大な光に包まれると、あかるすぎて一瞬青空が見えたほどだけど、光が去って、元通りの白いお皿の月が現れ、誰かの口の中で飴玉が溶けきると、今夜はもうお開きだ。わたしたちは、誰が帰り道をおぼえているの? という目でお互いを見る。誰からも返事はなく、まばたきが激しくなる。

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