【日記超短編】夢の印象

 弟はいつも電車に乗ってやってきた。どこに住んでいるのか、誰と暮らしているのかも知らないけれど、弟のシャツからは草の匂いがするから、そのつど草深い中を歩いて駅に向かうのだろう。
 会うとわたしたちは必ず夢の話をする。ゆうべ見た夢を順番に話して、話し終えるとたいてい時間がなくなって、それ以上の話題には及ばない。だからわたしにとって弟は、半分は想像上の人物だ。かれが朝早く家を出て、靴を露でぬらしながら歩く野原は、わたしの心の一角を占めている。弟はそこからやってくるとしか思えないし、かれを乗せた電車が実在の電車とかさなりあう、そのきっかけのトンネルをどこでくぐるのか、わたしは地図で指さすことができない。
 わたしの地図は、ある部分は紅茶の染みに覆われ、ある部分は切れ端になってどこかへ飛ばされてしまっていた。それぞれわたしの見下ろす世界に指でふれられる穴と、ふれられない穴をもたらしている。けれど弟が語る夢には地図の存在が感じられない。砂場の砂を掻きよせるように夢を見るのだと思う。だからわたしは、かれの夢を聞いているあいだだけ自分のかたちがわからなくなるのだ。
 星型も楔形もアーモンド形も、くずれつづける砂の輪郭に含まれているのだろう。気がつけばおかしな表情で遠くを見ているわたしが、コップの氷に映りながらとけていく。わたしの家は、弟にとってそれ以上先へは行けないという目印だ。夢の話を終えてしまうと、風船がしぼむようにわたしたちは離れてゆくのに、遠ざかる電車の窓に残り続ける夕日の影を、わたしは何日も夢に見てしまうのだ。

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