【日記超短編】弁当のようなもの

 バブル・ベアーは泡でできた熊。うたかたの熊。そのはかない命のほとんどすべてを弁当工場での長時間労働に捧げてる。みんなそれが泡の熊のつくった弁当と知らずに食べてるし、労働環境の冗談みたいなひどさのことも何も知らない。
 だって熊たち、あんなに大量の弁当を絶え間なく出荷しながら自分たちは"弁当のようなもの"を食べてるんだよ?
 遠くから見ればたしかに弁当に見えるけど、食べるときは手もとにあるから、その正体は瞭然だ。ごはんに見えたものは、ごはんのようなものだし、焼き鯖のようなもの、漬物のようなもの、イカフライのようなもの、等々。口に入れるまでもなく答えが出てる支給品と向き合うことで、かれらの貴重な休憩時間は消化される。昼休みと夜休みに毎回それが配られ、朝休みには弁当のようなものさえ配られず、一杯のお茶と飴玉が渡されるだけ。それでもバブル・ベアーから愚痴のひとつも出ないのは、かれらが工場の外を知らないからっていうより、かれらもまた工場の生産物、正確には工場の見てる幻覚みたいなものだから。
 あなたが工場ならどうだろうか。文句が多くて汗臭い人類とか、無味乾燥な産業用ロボットとか、そんなちっとも可愛くないものに自分の中で働かれたいと思う? それより絶対熊のほうがいいし、それも夢のような泡でできた熊、もこもこで眩しい、噂のバブル・ベアーたちだったら最高でしょう。
 言いかえれば、大いなる弁当工場の想像力はそこまでだったということ。熊たちの食べるものまでは気が回らなかった。弁当工場なんだから、なんか、弁当みたいなもの食べてるんじゃない? ということだ。まして熊たちの労働環境への気配りなんて「熊が一生けんめい働いてる姿って可愛い、飽きるまでずっと眺めていたい」という願いの前には割り込む隙なんてあるわけがない。わたしたちが工場なら、そうしないと言いきれるだろうか。
 バブル・ベアーが洗濯機の中身みたいにぐるぐる労働する弁当工場は今日も稼働中。あなたをついさっき満腹にした安くておいしい、野菜たっぷり!玄米と大豆ハンバーグのヘルシー弁当は、ハチミツまみれの熊の手が不器用に詰め込んだ、人件費ゼロ、しゃぼん玉世界の食べ物だったのかもよ。

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