【日記超短編】三時半

 三時半。いったいいつの三時半だろう。空には雲が続き、地面には道が続いている。この高層アパートは屋上が雲の底にこすれて磨り減りながら、道から少し離れたところに建っていて、ねずみ色だった。窓はどれも小さくて、人の顔が覗くことはめったにない。住んでいるのはきみとあの子の他に何人いるのか、きみは知らない。めったに部屋を出ることはないし、週に一度、一階の集合ポストをたしかめにいく習慣もとうに失われてしまったからだ。一年くらい郵便物が届かなくて、いつ見てもピザ屋のチラシしかなかった。ためしにピザを注文したことがあるけど、いつまで待っても届かないから苦情を入れたら、たしかにポストに入れましたよと云われた。見にいくと、エントランスにただようチーズの匂いの出どころに、きみの部屋のポストがある。蓋を開けたら、むき出しに畳まれたピザがぽろっとこぼれてきた。ピザの届け先は、チラシを届けた場所が自動登録されていたんだ。きみとあの子はその場に座り込んで、悲惨なピザをちぎりながら食べた。チーズとトマトソースにまみれたポストの中は、そのままにして部屋にもどった。だからあのポストに誰から手紙が届いても、もう取り出す気はしない。エントランスで会うのはポスティング用の半バイク人間か、新聞配達用の半バイク人間ばかりだった。郵便物は最近、半風船人間が直接部屋までぷかぷか浮かんで届けに来るようになった、という噂も聞いたけど、どうだろう。どっちみちきみに手紙や贈り物をする人はもういない。三時半。あの子が帰ってくる時刻だ。きみは窓を開けると、風の来た方角に耳を澄ませる。

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