【日記超短編】本

 川のむこうには何年も会わない友達がいる。川べりの木の下で涼しい風に吹かれていると、この考え事が友達への手紙のような気がしてくる。友達には本を貸していて、次に会うのは彼女が本を返しにきたときだと思う。すぐにも訪れるはずだったその日は、何年も繰り越され、川の茫洋とした広さのむこうに頼りなくまたたいている。
 こちらからけっして渡るまいと思うとき、水色のトラス橋も川への大げさな飾りつけのひとつだ。水の流れに目を置き、耳はそこから橋を渡ってくるものの音を聞き分ける。時々顔を上げ、見知らぬ自転車の接近をみとめてかぶりを振る。違う違う、友達はもっと乗るのが下手くそで、何度も車道にはみ出て車に轢かれそうになりながら来るはずだよ。
 鳥の声が聞こえ、ふたたび顔を上げる。突風。どんな鳥が鳴いたのか、一瞬想像したその姿が邪魔をして、川べりの生き物たちがかすんでいる。赤い鳥。友達の自転車の色だ。

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