【日記超短編】トランポリン

 ふきちゃんはトランポリンが得意だった。いつも跳んでいる。家ではもちろん、学校にも携帯用の小さいのを持ってきて、授業中も教室の後ろでぴょんぴょん跳ね続けていた。わたしたちは気になってしょちゅう振り返ってしまう。すると先生に「後ろを向かない」と注意されるのだが、ふきちゃんのほうはお咎めなしだ。自分の席を勝手に離れたことも、そもそも学校にトランポリンを持ってきたことだって、叱られたことはないはず。特別扱いなのだ。そのことを不満に思う子もいて、ふきちゃんばっかりずるいよね? ちょっと許せないと思わない? 周囲を焚きつけようとしてたけど、失敗に終わったのは、先生同様、わたしたちにとってもふきちゃんは特別だったから。あんなにトランポリンが得意な子は、もし自分がそうだったらわかるけど、そりゃ四六時中跳び続けてしまうよ。トランポリンは、ふきちゃんの翼のようなものだ。それとも心臓かも。そういう顔でうなずきあって、ちらちらと後ろを窺う。ふきちゃんはサーカスの子供みたいにぴょんぴょん、くるくる、ふわふわと跳ねている。先生も時々、授業していることをすっかり忘れて無言で見入っていた。そんなときふきちゃんは、特に難易度の高い跳び方をしてみせる。あっサービスした、とわたしたちは思って先生に嫉妬する。教室中の視線ビームを感じた先生は、コホンと咳すると、まんざらでもない顔で「ほら、黒板を見なさい」ずっと止まってた手を、さもずっと動かしてたみたいに動かし始めて、チョークで今日の新しい漢字を綴っていく。鳥という字。本物の鳥に似てるでしょ? 書き順も覚えてね、先生が言うと、ばふん、ばふん、トランポリンの音が相槌みたいに聞こえてきて、わたしたちは振り返る。ふきちゃんは腕組みして、おしりで弾んでいる。真面目くさった顔つきだけど、先生の話なんてどうせ何も聞いてはいないのだ。逆さまになって、今度は頭で弾んでいる。髪が逆立って筆みたいだ。先生の声とチョークの音が、また止まった。

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