【日記超短編】べちゃっと潰れる

 東京タワーを破壊した。とくに理由もなくそうしたのだ。すると、とても怒られて狭い箱に閉じ込められてしまう。罰なのかな? と思うけどそれにしてはいい匂いのする箱で、ちょっと前まで、わたしのかわりにお菓子でも入ってたみたい。思いきり息を吸い込み、匂いを味わう。意外と食欲はそそられない。ということはやはり、お菓子ではなく香水なのかも。わたしは思い出す。雨で増水した近所の川で、水が引いたとき現れた草みたいに、べちゃっと地面に潰れてる東京タワー。わたしは不器用で、頭が悪く、顔がきれいで、おしっこが近くて、左利きで、手足が長い。わたしにみとれて動けなくなる人は多いけれど、そういう人の大半は破壊されてしまう。べちゃっと地面に潰れてしまう。思えば、東京タワーには展望台があるから、そこにいる人を破壊するはずが、タワーが巻き添えになったのかも。記憶は曖昧だ。わたしも展望台から東京を眺めたことがある。夕日に染まる東京で、きれいというより燃えていた。私の心にも火がついた。その火が少しずつ育ち、心を火事にして、十五年後にタワーそのものを燃やし尽くしてしまったのかも。実際には燃えてなくて、潰れたんだけど。箱ががさごそと揺れる。わたしはやっぱり、狭いけど、この甘い匂いが好きだなと思う。知っている匂いだ。ああそうだ、大好きなチーズケーキの匂い。食欲がそそられないせいで気づかなかったのだ。今なら、どうしてそそられなかったかもわかる。匂いは私からしているので、自分は食べられないから。この狭い箱をいい匂いでいっぱいにして、誰かの家に運ばれていくわたしは、自分が罰を受けている気がしないし、食欲とは別の欲、名前を知らない、それとは逆さまの欲に身を震わせてる。わたしが食べたケーキたち、みんなこれを味わったの? 最高。最高なんて言ってごめん。でも東京タワーを破壊した罰がこれなら、悪くない。ごめんね東京タワー。わたしがいま少しだけ恐れているのは、このまま箱ごと地面に落とされ、踏んづけられ、ああなんてこと、誰にも食べてもらえずにべちゃっと潰れることです。

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