【日記超短編】日焼け

 二人の警官が家に来て何やら喚いている。一人は青白い顔でにやけた表情、もう一人はよく日に焼けた顔に鋭い目つきを光らせていた。だが二人とも何を言っているのかまったく聞きとれない点では同類だ。わたしは玄関のドアを開けたことを後悔し、居留守を使えばよかったと思う。青白い方が手錠をちらつかせ、笑顔に意地悪そうな表情を含ませる。日に焼けたほうが手のひらで家の外壁をバン、バンと叩いた。わたしは肩をすくめるのが精一杯で、反抗的な態度を取ったり、いきなりドアを閉めてしまうことなど思いもよらない。相手は警官なのだから、こちらが法律にのばそうとした手など簡単にはたき落とされてしまうのだ。
 とはいえしおらしく話を聞くふりを続けても、何を言っているかわからない以上相手の望む反応をしてみせることは不可能に近い。わたしはとにかく卑屈に頭を下げてこの厄介な嵐が通り過ぎるのを待つほかなかった。日焼けした方が壁を叩くのをやめ、それまで一歩前に立っていた青白い方の肩を掴むと後ろに下がらせた。警官の制服よりもアロハシャツとサングラスが似合いそうだな、そう思ったとたん、これまで逆回転で再生されたように聞き取り不能だったその警官の発言が、急に意味のある日本語としてわたしの耳に飛び込んできた。
「……だから私は今すぐ警官なんてやめたいのだ。ふだんは市民に国家権力の手先として蔑まれているのに、ひとたび包丁を振り回す暴漢が現れたとか、飼われていた猛獣が脱走したとか、何か危険な事態に陥ったときだけ呼び出され矢面に立たされる。まったく割に合わない仕事だ。だから申し訳ないのだが、私と職業を交換してくれないか? もちろん只でとは言わない、ここに十万円の入った財布がある。さっき馬鹿正直な人が道で拾って交番に届けに来たものだが、手始めにこれをあなたにプレゼントしよう。もちろん今後は同じように届けられた現金や宝石などの拾得物をいくらでも着服し放題だし、時にはマリファナや覚醒剤などが無料で手に入ることもある。また、面倒な事件現場に駆り出された時は腹いせに犯人を射撃の的がわりに蜂の巣にすることも可能だ」
 わたしが申し出を受け入れると、警官は喜んでその場で制服を脱ぎ始めた。そしてわたしの脱いだばかりのジャージ上下をかわりに着込み始める。ところであなたの職業は何だい? そう彼に訊かれてわたしは一瞬ためらったのちに「無職です」と正直に答えた。だがかつて警官だったが今では日に焼けた鋭い目つきのジャージ姿の無職男は表情も変えずにじっとこちらを見ている。きっとわたしの返事は逆回転で再生されたようにまるで聞き取り不能だったのだろう。
 わたしは少しサイズの合わない制服にすっかり身を包むと、腰のピストルに手を触れる。今では同僚になった青白い顔のにやけた警官とともに、三日ぶりに玄関の外に出た。

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