【日記超短編】罪悪

 これが横断歩道だよ、とパパは言った。わたしはもちろん初めて見たけれど「そんなこと知ってる」と嘘をついて、そのしましまの白いものの上を歩いてみせた。ちがうちがう、とパパは落ち着いた声で言いながら、むこう側の暗い窓が並ぶ壁のほうへ大股に歩いていく。あみだくじじゃないんだから、まっすぐ道を渡っていけばいいんだよ。壁の前でふりかえったパパは笑っていた。わたしはむすっとした顔で、パパを真似てそのしましまの線をどんどん超えてむこう側へ渡った。あみだくじ、が何のことかわからなかったけど、もちろん訊ねたりはしない。

 暗い窓がずっと道沿いに、しばらく等間隔で、やがて不規則な間隔で続いていた。どの窓も暗いし、ガラスは入っていたりなかったりする。そのひとつひとつがかつて誰かの牢屋だったんだとパパは言った。牢屋とはいえ、ずっと閉じ込められているわけじゃなく、仕事へ行くバスが来れば部屋を出られたし、自由時間もあった。だけどそこに暮らす人たちにはそれぞれ、牢屋に入るにふさわしい罪名が与えられていた。そうするしかなかったんだよ、とパパはため息をつく。家賃を払えない人たちに住むところを配るのに、いちばん円滑に運ぶのが罪人という名目で収監することだった。今から百年くらい前の話。
 だからもうそんなシステムは跡形もなくなって、そこらじゅうに有り余った空き家に勝手に住めるほど人間も減ったけど、法律を変えるのが追いつかなくてわたしたちには全員罪名がある。それが罪名だということも忘れられ、互いにその罪の名前で呼びあっている。
 これはそんな奇妙な社会での物語だけど、この先はまだ何も考えていないので話はここでおしまいです。

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