【日記超短編】半額

 わたしたちに値段がつくとしたら、ここ一年ほどで半額に下がったはずだと思う。まったくひどい一年間だったので、記憶は飛び飛びで、たまに小石をぶつけられたようにランダムに頭に場面がよみがえる。わたしたちは崖の上の小屋に閉じ込められて歌の練習をさせられている。間違えずに歌えるようになるまで家に帰してもらえない。歌の先生は首に包帯を巻いて、しゃがれ声だった。いつもサングラスをかけているので、笑っているのか怒っているのかわからない。わたしたちはぶたれたり、褒められたり、名前を呼ばれたり、裸にされたり、揺さぶられたり、逆さにされたり、水に漬けられたり、くすぐられたり、体操をさせられたりした。やがて間違えずに歌えるようになったけれど、先生はわたしたちが覚える直前に歌詞とメロディを変えてしまって、すべてはふりだしにもどっているのだ。先生の歌はどんなに書き換えられてもいつも独特の味があり、先生の歌だとわかるし、以前の歌を呑み込んで野生の獣のように迫ってくる。わたしたちは身を守るため肩を寄せ合い、隙をついては先生の首にシャーペンやボールペンを投げつけた。ペンが刺さると包帯は赤く滲み、スカートの股のところの色が変わった。おしっこを漏らしたのだろう。喉にペンが刺さったままの先生の声はますますしゃがれ、わたしたちは先生の声をそっくりに真似て歌ってみせた。せめてもの反抗のつもりだが、しだいにその声でしか歌えなくなり、いくつかの歌声が永遠にこの世から消えたことになる。先生がにやっと笑うと、わたしたちもにやっと笑った。窓の外にひろがるのは滝のような雨に打たれる町。前後も左右もわからず、時々赤い回転灯や、タクシーの空車のランプが視界をランダムによこぎっていく。髪がすっかりのびて見分けのつかないわたしたちは、一年後にはどこで何をしているのだろう。月に本当に裏側があるのなら、そこに大きなアパートを建てて住みたいものだと、空を見上げながら話し合ったこともあった。

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