【日記超短編】紙ひこうきのどこかに

 飛んで来た紙ひこうきが地面に落ちるのを見て、拾いにいくと、飛ばした人も拾いに来るはずだと思って、紙ひこうきを手にしたままぼくはその場所で待った。けれどいつまでたっても、誰も紙ひこうきを追いかけてはこなかった。紙ひこうきは少し変わった形をしていて、どこか水辺の鳥を思わせる。この土地を囲むいくつかのビルの窓を、ぼくはひとつ残らずたしかめたと思う。どの窓も閉まっていて、外の様子を窺う顔もない。洗濯物がそよいで、手を振る人がいるように見えたことが何度か、それだけだった。
 こんなことってあるだろうか? ぼくは打ちひしがれ、地面に落ちている自分の影の中に沈みそうになる。ビルの上では青い空が熱を持って、雲を裏側から焦がそうとしていた。午後が深まっていく気配には音も匂いもない。ずっと手に持っていた紙ひこうきは、もはやただ奇妙に神経質な折り目のついた紙にしか見えなかった。ぼくはその折り目をいい加減にのばして、開いていったのだ。ひこうきの形が解かれ、一枚の灰白い紙があらわれる。思いのほか柔らかい無地の紙だが、紙ひこうきだったときには隠れていた場所に、ボールペンを走らせたと思しい小さな字でこう書いてある。

  紙ひこうきの墓場。
  地面に落ちなかった紙ひこうきだけが、そこへ行くことができる。

 人の手紙を盗み見てしまったようなばつの悪さをおぼえ、思わずぼくは空を仰いだ。紙と同じ色の雲が真上に浮かんでいる。それから、見なかったことにしたくてあわてて紙の折り目を元にもどしていったけれど、再現された紙ひこうきは見る影もなく不格好だった。ぼくの手が記憶している、ありきたりな紙ひこうきの折り方が混じってしまったのだろう、もはや水鳥どころか、よく肥った年寄りの金魚にしか見えなかった。
 先っちょを少し上に向けて手放したその“年寄りの金魚”は、空の遥か手前で何かにぶつかったように頭を下げ、きりきり舞いして地面に叩きつけられる。ぼくはもうそれを拾い上げることはなかった。四方のビルの窓から感じている視線は夕空にともりはじめた星のように増え続けている。いまやぼくのいる狭くて短い草の敷き詰められた土地を、ちょっとした一人芝居の舞台にしていた。

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