【日記超短編】雨上がりに

 電柱に貼り紙が貼られていた。何らかの犯罪の容疑者の似顔絵だろうか。肝心の文字の部分が雨で滲んで読めず、リアルに陰影をつけて描かれた中年男性らしい顔だけをしばし眺め、わたしはその場を立ち去ろうとした。すると同行していた友人がやや上ずったような声でこうつぶやいた。
「この男、見れば見るほどきみにそっくりだな。まあ他人の空似だとは思うけれど」
 それとも生活する金に困ってとうとうコンビニ強盗でもやらかしたのかい? そうおどけた調子で付け加えた友人を見ると、こわばった笑顔の中で両目だけは真顔のように見えた。
 あらためて似顔絵をよく見てみたが、どこにでもいるような中年男という以上の感想は持てない。自分に似ていると言われればそうなのかとも思うが、それはわたしがどこにでもいる平凡な中年男であるということ以上の意味は持たないように思える。
 だから友人にもそのように伝えて歩き出したのだが、そんなことがあったせいか道行く人がちらちらとこちらに視線を向けることが気になり出し、いったん意識し始めるとそこらじゅうの電柱に同じ貼り紙があることも含めて、自分が身に覚えない罪を問われ不当な扱いを受けているような気分になってくる。
 その濡れ衣の内容を確かめようと貼り紙を見れば、どの貼り紙も同じように文字の部分が滲んでいて読みとれず、ただ無表情の中年男の似顔絵が虚空を見つめているばかりなのだ。
 ただ一枚だけ、かろうじて電話番号らしい数字が読みとれる貼り紙があった。わたしは友人が止めるのも聞かず、さっそくその番号に抗議の電話を入れることにした。
「もしもし?」
 電話に出た声は意外にも幼い子供の声だった。拍子抜けしたわたしは一瞬絶句したのちに「電柱の貼り紙を見たのですが……」と口に出した。
「ああ、行き倒れの男性の似顔絵ですね」
 子供はあどけなさと妙に大人びた調子の混じった声で言った。
「あの男性は先週我が家の庭先で倒れていたのです。極度の栄養失調だったようで、おそらく何日も食べ物にありつけていなかったのでしょう。我が家の庭に生えている枇杷の木の実をもぎとろうとしてかなわず、力尽きて倒れたようですね」
 残念ながら発見したときにはすでに手遅れの状態でしたが……と子供は暗く声を沈ませた。
「ところで、電話をくださったということはその男性に心当たりがおありなんですよね? もしかしてご家族の方ですか?」
 そう訊ねられて、わたしは思わず反射的に電話を切ってしまった。そのまま携帯の電源を落として呆然としているわたしに友人が心配そうに話しかけてくる。
「どうしたんだい? なんだか顔が真っ白だよ、ますます似顔絵に似てしまったじゃないか」
 わたしは友人の顔を見た。不安げに歪んだ左眉のあたりが、雨に滲んだようにぼやけている。

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